第63話 不敬働くべからず

 スカイスライム大会の前日。

 村の空にはたくさんのスカイスライムが揚がっていた。形は僕が最初に作ったスタンダードタイプの長方形の物が多かったが、最近は菱形のスカイスライムも出てきた。

 そして、ラナ姉さんが使っているのはカイトと呼ばれる三角形を少々改良した形。これは僕が頼まれて作った。

 ラナ姉さんは二本の糸を器用に操り、時速百キロ近いの速度で動かす。

 日本のカイトだったら百キロを超える速度で飛んだりするけど、そこまでの速度で飛んだりはしない。

 

「どう! 私の二本スライム裁きは。まるで自分の手足を動かしてるみたいでしょ!」

「ラナ姉さん、人間の手足はあんな風に動かないよ。それと、それ、カイトスライムって名前にしたんだけど」

「例えよ! 例え! それにカイトスライムなんてわかりにくいわ! 二本スカイスライムでいいじゃない!」


 いつもなら僕が揚げ足を取ると怒るのに、今日はそれでも嬉しそうだ。

 よほど、このカイトスライム――二本スカイスライムが気に入ったのだろう。

 この縦横無尽に飛び交うカイトスライムは、従来の麻の凧糸では強度が足りないため、なんとか綿の糸で完成させた。

 もちろん、カイトスライムの使用は大会規定上問題ない。なにしろ、大会規定は僕が作ったのだ、間違えるわけがない。


「これで母さんをぎゃふんと言わせてみせるわ」


 ラナ姉さんは気合を入れる。

 実際、これはラナ姉さんが勝つんじゃないかな?

 エイラ母さんもスカイスライムを用意していたけれど、見たところスタンダードなタイプだ。

 高く飛ばすならそれでもいいけれど、技術や操作で勝負するのなら、分が悪い。

 スポーツメーカー推奨の運動靴で走る者相手に、下駄を履いてマラソン勝負をするのに等しい。

 実力差があれば下駄を履いていても勝てるかもしれないが、ラナ姉さんのスカイスライムの操作技能はもう一流と呼んでも差支えがない程に成長している。

 まぁ、エイラ母さんなら、ラナ姉さんに負けたからって機嫌が悪くなったりしないだろう。逆だったら別だけど。


「ラナ姉さん、僕、明日の大会で振舞われる料理のことでタイタンに呼ばれているんだけど、一緒に行く?」

「もう少し二本スカイスライムで遊んでるから一人で行ってきて!」

「わかったよ」


 どうせラナ姉さんが一緒に来てもつまみ食いをしたり邪魔するだけなので、一人の方が都合がいい。

 僕は歩いて村に向かう。

 途中から気付いていたけれど、村の中でもあちこちでスカイスライムが揚がっている。

 まるで古き日本の正月みたいだ。


「凧は気流の関係で冬の方が飛ばしやすいんだよな。次の大会は冬に――あぁ、でも、このあたりの冬ってかなり雪が積もるからな、他の村の参加者が移動するのが大変か……」


 ぶつぶつと呟きながら、村を歩くと、兄妹だろうか? 二人の子供がスカイスライムで何かをしている。

 どうやら、絵を描こうとしていているようだ。

 芸術部門に出るらしい。

 と思っていると、男の子が僕に気付いた。


「何見てるんだよ。俺たちの絵の案を盗むつもりか? げーじゅつのゆーしょーは譲らねーからな!」

「待って。この人、セージ様だよ。領主様の息子の」

「は? セージ様って、このスカイスライムの発明者だろ? あんなチビなわけがないだろ」

「前にタイタンさんがこの人を師匠って呼んでるところ見たことがあるよ。タイタンさんの師匠ってセージ様の事でしょ?」


 そう言って、二人はじっと僕のことを見てくる。


「うん、そのセージ・スローディッシュだよ」

「マジかっ! お前、貴族なのか」

「お兄ちゃん、貴族様相手に失礼だよ」


 やっぱり兄妹か。

 兄の方は考えなしのバカって感じかな?

 その分、妹がしっかりフォローしている感じだ。


「二人――えっと――名前なに?」

「ハントだ」

「カリンです。申し遅れてすみません」

「ハントとカリンはスカイスライムに絵を描いてるの?」

「あぁ、せっかく領主様から貰ったんだ。優勝目指して頑張ろうって思ってな」


 今回の大会を盛り上げるため、ロジェ父さんは家庭にワンセット、竹ひごとスライムの皮、さらに先日、追加でスライム布にも使える絵具を配った。

 絵具は結構な値段がするけれど、バズが奮発してくれた。


「それで、なんの絵を描こうかってなってな。みんなは村の風景を描いたり、好きな女性の絵を描いたりしてるけど、ありきたりだろ? 何かいい絵はないかって考えてたんだ」

「お兄ちゃん、セージ様にそんな言い方失礼だよ」

「僕は気にしないから別にいいよ。うちの家族はあまり気にしないと思うから。でも、大人たちが見ている前とか、他の貴族に対しては気を付けてね。悪い貴族だと、不敬罪といって切り捨て御免――なんてこともあるから」

「切り捨て御免?」

「問答無用でその場で打ち首」

「なっ! マジかよ……」

「そういう場合もあるって話」


 まぁ、そこまで酷い貴族はほとんどいないと思うけどね。ましてや、ここはロジェ父さんの領地だから、領主の許可なく領民を打ち首にしたりできる貴族はほとんどいないはずだ。

 それでも、ハントは少しお調子者っぽいので釘を刺しておく意味で僕は言った。

 なぜなら、うちにはラナ姉さんという不敬を働いたらげんこつが飛んでくる怖い貴族がいるからだ。

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