第64話 村での友達

 せっかくの同年代の子供との出会いだ。

 僕はハントとカリンと一緒に、スカイスライムに描く絵を考えることにした。


「それで、カリンはどんな絵を描きたいの?」

「私は動物の絵がいいと思ってるんだけど。猫とか犬とか」

「あぁ、いいね。スカイスライムは空に浮かべるから、できるだけ大きな動物の方がいいかな?」

「だから、そんなのより、もっとカッコいい絵にしようぜ!」

「カッコいいって、どんなの?」

「それは……んー、騎士様とか?」


 空を飛ぶ騎士の絵か。

 ……もしかして、この世界の騎士は空を飛んだりしないよな?

 空を飛べないことが少しコンプレックスになりかけたことがある身としては、この世界の騎士は常識の中で生きていてほしいのだが。

 でも、騎士の絵という発想は悪くないと思う。

 和凧に描かれている絵にも甲冑を着た武者や歌舞伎役者といった絵が多かった。

  

「私、騎士様なんて見たことがないよ。想像で描いて、本物の騎士様が見たとき、『騎士を愚弄するつもりかぁ!』とか言って切り捨て御免されたらいやだもん」


 カリンは早速覚えたばかりの言葉を使って騎士を描くのを断る。

 それに、彼女の言う通り、見たことがないものを描くのは大変だろう。

 そういえば、僕も見たことがない。

 ロジェ父さんは強いけど、騎士というよりかは冒険者だもんな。


「じゃあ、魔物の絵は? たとえばドラゴンとか」

「ドラゴン? あぁ、聞いたことはあるけど、それこそ見たことないぞ」

「そうだね。でも、見たことがない人が多いからこそ自由に書けるんだよ。たとえば、こんなドラゴンとか――」


 ドラゴンはこの世界に実在するが、山奥に住んでいて、ほとんどの人は見たことがない。

 ただ、強大な力の話は伝承として多く残っていて、その伝承を元に、様々な絵が各地に残されている。

 つまり、人々が知っているドラゴンとは、その伝承の数だけ存在していることになる。

 簡単にいえば、大きく特徴を外さなければ、どんなドラゴンを描いてもそれはドラゴンなのだ。

 僕は、近くに落ちていた石を拾い、その尖った部分を使って地面に絵を描く。

 描いたのは、この世界の本の挿絵によく使われるドラゴンではなく、日本の昔話に出てくる、蛇に似た龍だ。

 ファンタジーのドラゴンもカッコいいけれど、迫力だけでいえば、やっぱりこの龍の方が遥かにあると思う。

 どんな願いでもひとつだけ叶えてくれそうな迫力だ。


「なんだこれ! 足の生えた蛇みたいだけど、かっけー!」

「複雑な絵。セージ様、絵がお上手なんですね」

「まぁ、絵は好きだったよ」


 前世では結構書いていた。自分では下手の横好きレベルだと思っていたけれど、ハントとカリンにとってはそれでもすごいものだったらしい。


「セージ、この絵、俺たちが使ってもいいのか?」

「絵の案を盗まれるのはちょっと――」

「そうか……くそっ、この絵を出されたら厳しいな」


 ハントが簡単に引き下がる。

 僕としてはさっきの意趣返しだったつもりなのに、本気に取られてしまったらしい。


「冗談だって。いいよ、使っても」

「本当か? ありがとう!」

「じゃあ、三人で完成させちゃおっか!」

「おう!」

「はい!」


 僕たち三人はスカイスライムの制作に取り掛かる。

 絵具は青、赤、黄、黒の四種類しかない。

 全ての色を用意しようと思ったら、黒ではなく白が必要なのに。

 だが、まぁ、白の部分は何も塗らないでおいて、空に浮かべたときに光を透過して白く見えることに期待しよう。

 僕が下書きをして、カリンが色を塗って、ハントが「ああでもない、こうでもない」と曖昧な指示を出す。うん、ハントいらなくないかな? と思っていたが、一番ハントが楽しそうなので別にいっかって気分になった。

 そして――


「完成!」


 結局、下書き以外はほとんどカリンの仕事になってしまった龍の絵が描き上がった。

 すごい迫力のある龍だ。

 これは優勝候補かな?


「セージ、ありがとうな! すげースカイスライムができたよ」

「セージ様、ありがとうございました。すみません、お礼できるものがなにもなくて」

「礼なんていいよ。その代わり、友達になってよ。村に同年代の友達がいなかったから」


 村以外だと、アウラという友達がいるので、村の中限定にさせてもらった。

 すると、ハントはきょとんとした目で首を傾げて言う。


「何言ってるんだ? 俺たち、もう友達だろ?」


 なんてことだ!

 友達はなるものじゃなくて、なってるもの――というのをこいつは地で行ってるのか!

 ハント――恐ろしい子。


「すみません、セージ様。お兄ちゃんが失礼なことを――」

「気にしなくていいよ。嬉しいから。カリンも友達になってくれる?」

「はい、セージ様がよければ」

「様付けはいらないんだけど……」

「では、セージさんで」


 新鮮な呼ばれ方だな。

 うん、悪くない。


「実際に飛ばしてみようか。あ、そうだ、スカイスライムに使う紐なんだけど――」


 こうして、僕はハントとカリンというこの世界で初めての友達を作った――いや、自然とできていたのだった。


「じゃあな! セージ! また明日!」

「セージさん、失礼します! さようなら!」

「じゃあね、ハント、カリン!」


 僕は二人に手を振り、家路に着こうとした。


「……あれ? 何か忘れているような気が? まぁ、忘れるってことは、大した用事じゃないってことだよね?」


 と言ってみたけど、わかってる。

 いくら初めてできた友達に感激したといっても、僕の記憶はそこまで劣化していない。

 でも、こんな時間だし、きっと彼も僕に用事ができたんだと思って諦めている、いや、もう忘れていることだろう。

 僕はそう考え、屋敷に戻った。


「セージ様、お帰りなさい」

「あれ? ティオがお出迎えって珍しいね」


 ティオはいつも厨房にいるはずなのに。


「それが――」


 ティオが何か逡巡していると、


「よぉ、師匠、待ってたぜ」


 タイタンがいた。

 なんで?


「いやぁ、師匠に明日のパーティの相談があるって言ったのに来ないからこっちから来たんだよ」


 そう言うと、タイタンは僕を抱きかかえる。


「本当は師匠に料理の感想をもらうだけだったんだが、領主様が『うちの息子が約束を破って申し訳ない。必要なら、明日の料理の手伝いに好きに使ってくれ』ってな」

「いやいや、タイタン。一方的に呼び出されただけで僕は行くとも言ってないし、ちょっと疲れてるんだけど。晩御飯もまだだし」

「なに! ちょっと三時間くらい付き合ってもらうだけだ。師匠に前教えてもらったポテトチップスってのができたから感想も欲しいしな! それを晩飯にしたらいいだろ」

「ポテトチップスが晩御飯っていやだ! ティオ――助けて」


 僕が助けを求めるも、ティオは両手を合わせ、


(申し訳ありません。領主様と父には逆らえないので)


 と顔で語っていた。

 こうして、僕はその後、お腹いっぱいになるくらい、ポテトチップスの試食に付き合わされるのであった。

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