第243話 勇者の片鱗
スローディッシュ領主町が大きく発展したため、魔物の生息域も大きく変わった。
前までは村を出て少し歩けばスライムの生息域だったのだが、いまや東西南北に街道が延びているため、スライムの狩場まで少し歩かなければいけなくなった。
「セージ兄さん、質問していい?」
「どうした?」
「スライムっていえば、ウルノ男爵領のピンクスライムが有名だよね?」
「そうだね」
ピンクスライムは文字通りピンク色のスライムのことだ。
普通のスライムの経験値が1なのに対し、ピンクスライムの経験値は3。
しかもスライムと同じくらい弱いし、大きさも同じ。
結果、王都に運ばれるスライムのほとんどはピンクスライムだ。
「なら、なんでスライムを捕まえて売ってるの? もう普通のスライムはいらないよね?」
「あぁ、それはなんていうか……王都の貴族の中には、ピンク色のスライムを嫌がる人もいるんだよ」
というのも、ピンク色のスライムは、独自の方法を用い、ウルノ男爵領で育てて増やしている。
だが、そのスライムに対して、「人の手で増やされた魔物を倒して貯めた経験値でレベルを上げると、ステータスが伸びにくい」とか言い出す人間が現れた。
当然、家畜と化したスライムだろうと、野生のスライムだろうと経験値になれば同じだ。
ただ、ステータスの伸びには個人差があって、ステータスの伸びが思っていたより低かったとき、その原因は倒した魔物にあるに違いないという誤った憶測により、そういう噂が広まってしまうのだ。
「それって嘘なんだよね?」
「うん。その噂が広がった後、ウルノ男爵とバズ商会と王立研究所が手を組んで、百人ずつ、合計二百人にそれぞれスライムだけ、ピンクスライムだけを倒してレベルを上げてもらってデータを取ってみたところ、ステータスの伸びの平均は変わらないって結果が出てるし、その結果は既に公表されてるから嘘だね」
「嘘なのに、なんでみんな信じるんだろ?」
レオンは不思議そうに言う。
みんながレオンみたいに素直に考えてくれたらいいんだけどね。
こういう誤った情報はいつの世にも広がるものだから、特別にその噂を広めた人間や信じた人間を特別に愚かだとは思ったりしない。
さて、目的のスライムだが、この辺りにいそうなんだよな。
僕は試しに魔法を使ってみる。
よし――
「レオン、あの岩の陰にスライムがいるよ」
「え?」
レオンが岩の方を見るが、当然、スライムの姿は見えない。
ちょうど死角にいるからね。
だが、そこからのっそりとスライムが現れた。
「本当にいた!」
「じゃあ、倒してみようか。最初は僕がサポートをするからね」
そう言うと、スライムの周囲の土が盛り上がり、即席の檻ができあがる。
身体の変形が自由自在なスライムでもぎりぎり出られない、だがナイフを通す隙間がある土の檻だ。
「じゃあ、レオン。倒していいよ」
「ありがとう、セージ兄さん。でも、次は普通に倒したいな」
確かに、ちょっと過剰接待過ぎたかな?
レオンは持っていたナイフでスライムを器用に切った。
倒したスライムの皮も使い道があるのでマジックポーチに収納する。
「ねぇ、セージ兄さん。さっきのスライム、岩の陰にいたみたいだけどどうしてわかったの? 見えなかったよね?」
「魔法で周囲二十メートルの空気を支配したからね。少しでも動くものがいたらわかるんだよ」
気配探知スキルが手に入らなかったので、その疑似的なものを魔法で再現した。
本当は空気の中から二酸化炭素や窒素だけを相手に送ったり、酸素だけを送って火魔法で超発火みたいな方法を考えたんだけど、支配した空気の中で特定の気体だけを取り分けることを術式で再現するのが難しかった。二酸化炭素を作って押し出すのはできるんだけどな。
同じように、強制的に真空を生み出す方法も考えたんだけど、せいぜい空気を薄くする程度で、強制的に真空にするには僕の魔力では難しいようだ。
「二十メートルの範囲の動く気配がわかるって、ロジェ父さんみたいなことできるのっ!? 凄い」
「それほどでもないよ。エイラ母さんもこの魔法は使えるだろうし」
といいながら、僕はロジェ父さんと二人でスライム狩りに来た時、ロジェ父さんも同じように岩陰のスライムを見つけて僕に教えてくれたことを思い出した。
少しはロジェ父さんに近付けたのだろうか?
いや、ロジェ父さんは周囲百メートルの魔物の位置がわかるから、まだまだだな。
そんなことを思いながら、別のスライムを捜すため、支配する空気の範囲を広げた。
二匹目のスライムは直ぐに見つかった。
「じゃあ、レオン。次は一人でやってみる?」
「うん!」
レオンが木の剣を構えて、駆けた。
五歳のレベル1の子供の動きとは思えない。
ポンっと効果音が出るくらい景気よく上空に舞ったスライムはそのまま意識を失って(命が失っているかどうかは定かではない)そのまま落下した。
「セージ兄さん、倒せたよ!」
「うん、凄いぞ、レオン」
僕はレオンを褒めながら、彼の勇者としての片鱗を再確認するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます