第234話 ロジェと謎のエルフ※別視点

   ▼ ▽ ~ロジェ視点~ ▽ ▼


 王都に来てもう一週間になる。

 支援物資の補給を終えた僕は、今回の事件はエルフの仕業ではない可能性を陛下に伝え、なんとか戦争を回避しようと動いていた。

 軍部でも顔の聞くマッシュ子爵とロドシュ侯爵の力があれば、戦いが止められる公算は高いと思っていた。

 だが、それは誤りだった。

 ムラヤク侯爵はかなり前から軍部の者たちと裏で根回しをし、僕たちの動きを封じてきた。

 このままでは、エルフと人間の全面戦争が始まってしまう。

 いや、僕のところにはまだ伝わっていないが、既にモリヤク男爵がエルフの森に侵攻をしているかもしれない。

 メディス家の庭で、何もできない歯がゆさに、僕は近くに置いてあった魔法の練習用の金属の的を殴りつけた。

 的は大きくへしゃげて根元から折れる。


「セージならもっとうまくやっただろうか」


 あの子は不思議な子だ。

 五歳だというのにとても物分かりがよく、あの砦の災害も話を聞いただけで、モリヤク男爵の自作自演だと見抜いていた。もしも僕ではなく、セージがスローディッシュ家の領主だったら、彼は何をしていただろうか?

 五歳の子に対してどんな期待を掛けているんだとエイラには笑われるかもしれないが、そう思わずにはいられなかった。


「ロジェおじさま……」


 私に遠慮するように、少女が声を掛けてきた。


「ミント嬢ですか。メディス伯爵はまだお戻りになりませんか?」

「はい。昨日、王城に行ったきりまだ」

「そうですか……ありがとうございます」


 ミント嬢が僕に声をかけたのは、それだけ今の僕の姿が見ていられなかったからだろう。

 五歳の子供に心配されるなんて、情けない。

 そう思った時だ。


「ミント嬢、動かないでください! 僕の傍を離れないように!」

「え?」


 僕は二つの気配を感じた。

 突然現れた謎の気配。

 どうやってここまで近付いてきたのかわからないが、ただものではないのは確かだ。

 一人は恐らく気絶しているのだろう。弱々しい気配しか感じない。

 そして、もう一人は恐らく――エルフ。

 まさか、エルフの刺客が王都にっ!?


「ロジェ・スローディッシュ様ですね。敵意はありません。そちらに行きますから攻撃しないでください」

「エルフは強力な魔法を使うと聞く。近付かれて攻撃されたら困るのだが」

「私がエルフだともう見破っていましたか。ですが、そちらのミント・メディス様は魔力を見る魔眼の持ち主だと伺っています。私が魔法を使う兆候を見ることができるのではないですか?」


 ミント嬢のことまで調査済みということか。

 油断ならない相手ということはわかったが、彼女の言う通り、不意をついて攻撃をするのは難しいだろう。


「とりあえず、顔を見せてください。このままでは話ができません」


 僕がそう言うと、現れたのはやはりエルフだった。

 リエラさんに似ている美しい女性の姿をしている。

 彼女は気絶している男を引きずっていた。

 ミント嬢の瞳が金色に変わる。

 魔眼を使い、彼女が魔法を使うかどうか見てくれている。

 今は大丈夫だと、ミント嬢は頷いた。


「最初に出会えたのがあなたでよかったです」


 彼女は幸運に感謝するようにそう言った

 彼女の狙いは最初から僕だったのだろうか?


「その人は何者ですか? 人質だとしたら今すぐ解放してください」

「彼は、今回の事件の実行犯です。土魔法と水魔法の使い手で、土砂災害を引き起こし、エルフの森の近くの砦に被害を与えたものです」

「なんだってっ!?」

「彼をモリヤク男爵の屋敷の中で発見しました」

「それを信用しろと?」


 可能性は高い。

 だが、全てを鵜呑みにするわけにはいかない。


「ここに一本の薬があります。自白薬――全てを正直に話す薬です。この国の宮廷魔術師は鑑定のスキルを使えると聞きました。その者に鑑定させてから飲ませてください。きっと正直に話してくれるはずです。誰の命令で動いていたのかも含めて」


 そう言って彼女は白い液体の入った瓶を置くと、僕に背を向けて歩いていく。


「待て! 最後に、いったいどうやってここに来た」

「ある方が、こっそり王都にいつでも遊びに行けるように準備をしていました。その恩恵を少しお借りしただけです。では、少し魔法を使わせていただきますね。攻撃魔法ではありません。こちらもミント様ならご理解いただけると思います。それと、私の事はできるだけ黙っていてくださいね」


 彼女はそう言って微笑み、会釈をする。

 そして――


「攻撃魔法ではありません。凄い……なんて凄い術式なのでしょうか。エルフはここまでの術式にたどり着けるというのでしょうか!?」

「ミント嬢、何が見えてるんだ!」

「私が見えているのは術式です。とても細かく長い、まるで人類の歴史全てを綴ったかのような膨大な量の術式――可能だというのですか?」


 そして、ミント嬢は信じられないという風に彼女が使おうとしている魔法の名前を告げる。


「転移の魔法が」


 次の瞬間、エルフの姿が気配とともに消えた。

 残ったのは、実行犯と言われる気絶した男だけだった。

 転移の魔法――一瞬にして遥か彼方へと移動できるそんな魔法が実在するというのか?

 信じられない。


 だが、実際に彼女は消えた。

 いや、今考えるのは転移魔法のことより、この男のことだ。

 彼女の言っていることが事実だとするのなら、戦争を止めることができる。


「急ぎ王城に向かわなければ!」


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