第235話 歴史に残らない戦い
昨日は大変だった。
王都のメディス伯爵家の庭に、こっそり転移先の目印にするための魔石が見つかったのは幸いしたな。おかげで、リディアに速やかに王都に行ってもらうことができた。
もっとも、あの災害を起こした実行犯の魔術師が、フォースの言う通りモリヤク男爵邸の客間にいて、リディアがその彼の拉致に成功しなければ、その魔石の使い道もない。
もっとも、今回の計画をリディアに転移先を伝えた時点で、僕の仕事は終わったようなものだ。
フォースから魔術師の存在を教えてもらわなかったら、モリヤク男爵を拉致させて、自白薬を飲ませて全て証言させる必要もでてきたが、貴族を拉致したとなったら、やっぱり禍根が残るからね。
さて、どうなることか。
夜明け前に、屋敷の裏でみんなと合流することになっている。
僕は寝間着のまま、部屋を出た。
すると、隣のラナ姉さんの部屋から灯りが漏れていることに気付いた。
ラナ姉さんも夜明け前にはいつも剣術の稽古の準備をするけれど、こんなに早く起きていることはない。
このままでは裏庭でみんなと合流することに気付かれるかもしれない。
僕はこっそり様子を見ようと、扉を静かに開けた。
ベッドの隣ではコパンダがまだ眠っているが、肝心のベッドにはラナ姉さんがいない。
ラナ姉さんが机に向かって何かをしている。
勉強だ。
テーブルの上には、エイラ母さんの使っている本の形の魔道具ランプがあった。
「誰? セージ、何してるの? こんな時間に」
「それは僕の台詞だよ。ラナ姉さんこそ眠れないの? 確かに勉強してたら眠くなるのはわかるけど、でも本当に寝たいのならベッドで寝た方がいいと思うよ」
「……セージ、前にあんたが私に言ったこと覚えてる?」
「えっと、どのこと?」
「あんたが『他国から守りたいのなら、猶更文字を覚えないとダメだよ』って言ったときのことよ」
思い出した。
ラナ姉さんが文字を学ぶのが嫌で不貞腐れていたとき、僕はそう言ったんだった。
戦争は一度起こると止められない。
貴族の役目は戦争を起こさずに領民を助けることの方が大事。
その外交のためには文字を学ばないといけない。
そんなことを言った記憶がある。
「私、セージが言ったこと話半分にしか聞いてなかったの。戦争なんて吟遊詩人の詩の中でしかでてこないし。だから、むしろ戦争で活躍する人に憧れていた。でも、セージが王都に行く前にロジェ父さんから戦争の悲惨な体験を聞いて、そして今回、エルフとの戦争でまたいろんな人が死んじゃうんでしょ?」
ラナ姉さんがそう言うと、手に力が入ったのか、左手の下にあった紙が大きな皺を作る。
「私、悔しいの。いつも偉そうに言ってながら何もできない。セージみたいに魔法で治療することも、ロジェ父さんみたいに戦争を止めるために動くこともできない。私って、いったいなんなの」
「ラナ姉さん……仕方ないよ。ラナ姉さんはまだ子供なんだから」
「あんただって子供でしょっ!」
ラナ姉さんが大声を上げる。
違う。
僕は確かに見た目は子供だけど、中身は既に二十歳を越えているんだ。
でも、そんなこと言えない。
「ラナ姉さん。エイラ母さんが起きるから」
「私はもっと頑張らないといけないの。頑張って、ちゃんとしたセージのお姉ちゃんに……」
「ラナ姉さん?」
突然、ラナ姉さんの言葉が途切れ、
眠ってしまったようだ。
このタイミングで眠るとなると、恐らくは魔法によるものだろう。
屋敷全体に魔法が掛けられているようだ。
ただし、僕以外を対象に。
どうやら、リディアたちが帰ってきて、リーゼロッテが魔法を使ったらしい。
僕はラナ姉さんを抱え上げ――子供の身体ではきついので、腕がぷるぷるしている――なんとかベッドに寝かせた。
苦悶に浮かぶラナ姉さんの頭を撫で、
「ラナ姉さんはちゃんとしたお姉ちゃんじゃないかもしれないけど、僕にとっては大切な姉さんだよ」
僕がそう囁くと、ラナ姉さんは心なしか少し表情が和らいだような気がした。
念のためにエイラ母さんの部屋を確認するけれど、ちゃんとベッドで寝ている。
安心して裏庭に回った。
ハイエルフ三人、エルダードワーフ三人の合計六人が全員揃っていた。
「セージ様、任務完了しました。エルフ、モリヤク男爵領軍双方ともに死者、重傷者は無し。周辺の危険な魔物も討伐しましたので、睡眠中の者が襲われる危険もありません。開戦前にモリヤク男爵領軍は全て領主町に撤退していきました。」
「睡眠魔法も解除しましたので、そろそろ目を覚ましてるはずです」
リアーナとリーゼロッテが言う。
「私も無事、目標魔術師を拘束し、ゼロ様の調合した自白薬とともにロジェ様への引き渡しを致しました」
リディアが一番の重要事項を伝える。
「儂の方も魔法人形共を使ってあの場所に町を建設してやったわ。もっとも、あの魔法人形に自壊プログラムを刻むのはいささか辛かったのぉ」
「仕方あるまい。悪人にお主の魔法人形を渡すのは辛かろう。俺は人形共を使って、あの不快な集落を立派な町に作り替えることができたから満足だがな」
「ついでにリディアの嬢ちゃんが転移した後に魔法人形共が屋敷の中で見つけた数々の不正の証拠をあちこちにばら撒いてやったわ!」
エルダードワーフもかなり派手にやってくれたようだな。
あそこは今後、ロジェ父さんが治める土地になるから、壊されたら困るからね。
ちゃんと綺麗に作り替えてもらわないと。
「これでうまくいきますかね?」
「たぶん、大丈夫だと思うよ。それより、みんないいの? 修行空間に戻っても?」
僕はリア―ナに返事をした後、確認をする。
もしかしたら、このままこの世界に残りたいと言うと思った。
ファーストが怖いのだろうか?
ゼロから聞いた話だと、ファーストも僕のことを大切に思っているみたいだし、六人が望むのならこのまま――
「セージ様、大丈夫です。リエラがちゃんとエルフたちを纏めているのも見れましたし」
「甘えただったあの子があんなに立派になるなんてね」
「いいな、二人とも。私も見たかった」
「俺等もな。六階層の町は作りかけだし」
「儂も新たに魔法人形を作らねばならん」
「いまさらドワーフの国に戻って王としてつまらん政治をするより、酒造りと森の世話をしている方が何倍も楽しいからな」
彼らの意思を尊重し、僕たちは揃って修行空間に移動。
さらに、エルダードワーフたちには六階層に戻ってもらった。
こうして僕の歴史に残らない戦いは終わった。
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