第106話 待たせたね
「なんで、誰も解毒魔法を使えないの……使える人が多い魔法のはずなのに」
男の子が言う。
「解毒魔法は一種類じゃないんだよ。キノコ毒に蛇毒。毒の種類だけ解毒魔法があるって言ってもいい。さすが大雑把って言うか、蛇毒の解毒魔法を使える人なら、どんな蛇の毒でも治せるんだけど、逆にキノコや植物由来の毒には全く効果がないし、逆にそれ以外の解毒魔法でも蛇毒は治せないんだよ」
いま、僕ができることは何かあるか?
回復魔法の一種で、母さんに止められた能力を上げる魔法。
あれで一時的に体力を増やせば、寿命を延ばすことができるかもしれない。
その間に血清が間に合えば――
『回復魔法は自慢で使うものじゃないわ。他人に使う時、最後まで責任を取れないのなら、使ったらダメ』
エイラ母さんの言葉が蘇った。
そうだよな。
ここで体力を増やしても、悪戯に彼を苦しませることになるだけかもしれない。
そして、僕には彼の苦しみを受け止める勇気がない。
そんなの、最後まで責任を取るとは言わない。
だったら――
「僕が治す。構築魔法で」
「そんなことができるの?」
「うん、やってみせる」
と言ってはみたが、蛇の毒についての僕の知識は少ない。
圧倒的に専門知識が足りないのだ。
だったら――
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
「セージ様、お帰りなさいま――緊急事態ですか?」
「うん、リーゼロッテとリディアを呼んでっ!」
「かしこまりました」
修行空間に移動すると、僕のただならぬ雰囲気を察したゼロがすぐに動いてくれた。
ここなら時間を気にする必要はない。そして、構築魔法と回復魔法の専門家がいる。
僕は二人に事情を説明した。
「ポイズンスネーク――トールスネークの変異種ですね」
トールスネークについて詳しく知っていたのはリアーナだった。
そういえば狩りが得意って言っていたから、魔物についても詳しいのかもしれない。
「どういう魔物なの?」
「体長は最大十メートルほどになる蛇で、その特徴の一つは尻尾の先を足代わりにして、立ち上がることができることです」
「蛇は全身筋肉だっていうけれど、そんな巨体で立ち上がられたら怖いね」
「はい。それと、トールスネークには毒はありませんが、ビッグトードの繁殖次期になると、その卵を狙って食べます。そして、その卵の膜にも薄い毒がありまして、食べ過ぎると毒を持つポイズンスネークに変異するんです」
そういえば、ちょうどビッグトードの繁殖時期だって言ってたな。
はぁ、三階層のビッグトードは繁殖時期でも卵を産まないし、なによりトールスネークがいないから助かった。
「毒の効果は?」
「噛まれたら十二時間苦しんだ後、死に至ります。致死率は八割。血清を作る方法としては――」
「いや、血清を作る方法はいい。時間がかかり過ぎる。それで、回復魔法は?」
「蛇毒の解毒魔法で治療できます」
リーゼロッテが言った。
「リディア、構築魔法で蛇毒の解毒魔法って作れる?」
「はい、可能です」
「この雛形に当てはめても可能?」
僕はそう言って、いつも使っている術式の雛形をリディアに渡した。
彼女はそれを見て少し考えた後、結論を出す。
「……私の使う術式と異なるので、雛形を元に作ると術式が複雑になりますが、リアーナの蛇毒の知識と、リーゼロッテの回復魔法の知識があれば術式の構築は可能だと思います。しかし、完成させるのに時間が必要です。」
「時間は十分にあるから」
ここで何時間や何日かかっても、元の世界では一秒も時間は経過しない。
そして、僕はゼロの方を見て謝罪する。
「ゼロ、ごめん。術式は自分で考えるように言われていたんだけど、ハイエルフに任せちゃって」
「私が教えることはできませんが、ハイエルフが教えてはいけないという決まりはありませんから。それに、その意味をセージ様が理解なさっているのでしたら、私が口を挟む必要はありません」
「ありがとう、ゼロ」
本当は、ハイエルフたちが頑張ってくれている間、僕は僕ができること。
たとえば、三階層でレベル上げとかするべきなんだろうけれど、でも、こんな落ち着かない状態での魔物退治は事故につながりかねない。
結局、僕は零階層で普段ハイエルフ達が行っている畑の手入れとか鶏の世話をすることにした。
といっても、ここにいる鶏たちは、フォースに命令されているのか僕の言うことは聞いてくれて、全然手間がかからないいい子たちばかりだ。
卵を取ろうとしたら、自分から差し出してくれたし、綺麗好きなためあちこち汚すこともない。
ヒヨコたちですらトイレの場所を決めて排泄している。
「はぁ、役立たずだ……リアーナの気持ちがよくわかる」
「セージは役立たずじゃないよ。だって、その人を治せるの、セージだけなんでしょ?」
アウラが優しく僕に声をかけてくれた。
そう、最後に魔法を使うのは僕だ。
構築魔法を使うには、展開、理解、発動のプロセスが必要。
もちろん、その前に記憶は必要だ。
記憶したことで魔法を覚えられるし、展開もできるが、理解できないと発動できない。
最後に魔法を使うのは僕だ。
失敗は許されない。
七時間後――術式が完成した。
それをゼロが見て確認。
問題なく使用できるようだ。
そして、その術式を見る。
「これは……」
「すみません、それ以上短くすることはできませんでした」
「ううん、凄いよ。ありがとう」
雛形は、空白の部分に術式の一部を埋めるだけ。
だが、これは空白の部分というよりかは、むしろ術式そのものを埋めている感じがする。
いや、ゼロから覚えることを考えるといいだろう。
でも、理解できない部分がたくさんだ。
「ここなんだけど――」
「それは、蛇毒の特性として――」
「タンパク質のことかな? でもそれだと――」
「神経伝達物質の放出が妨げられているので、ここを――」
リーゼロッテとリディア、時にはリアーナの助けもあり、一文一文を理解していく。
休憩を挟み、十五時間。
ヘビ毒の博士になった気分だ。
それから、再度記憶。
完全に覚えるまで復習する。
術式が長いため、いつもより覚えるのに時間がかかった。
でも、大丈夫だ。
「ありがとう、みんな」
僕は術式が書かれた紙を四つに折って懐にしまい、気合を入れる。
「行って来る」
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
元の世界に戻ると、横に男の子がいた。
毒で男が苦しんでいるが、まだ生きている。
こっちの世界では時間が全く経過していない。
それでも、僕はこう言ってしまう。
「待たせたね」
そして、僕は一歩前に出た。
「僕が解毒魔法で治します」
最後まで責任を取る覚悟を持って。
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