第107話 二枚の銀貨
「僕が解毒魔法で治します」
僕が一歩前に出ると、泣き崩れそうになっていた冒険者が一縷の望みを見つけたかのような顔で僕に迫って来る。
「治せるのか!?」
「治します。彼を寝かせてください」
「わかった!」
呼吸が弱い。
僕は血液に魔力を流し、麻痺をしている神経と筋肉を動かし、同時に毒を無効化する。取り除くのではなく、変異させ毒の成分を失わせるのだ。
そして、一番重要なのは、それを一分以上連続で放出させないといけないということだ。
しかも、時間を正確に計らないといけない。
心臓の位置に手を置く。
術式が展開される。
複雑な術式だ。
しかし、零階層のみんなとの勉強の成果が出る。
大丈夫、忘れない。間違えない。
理解している。
発動っ!
「アンチポイズン!」
魔力を放出させる。
心臓の血液に解毒魔力を載せる。
血液が患者の全身へと回っていく。
術式が複雑な分、神経が磨り減る。
しかし、中断できない。
このまま魔力を放出し続けないといけない。
同時に、呼吸器や腎臓など重要な器官の回復も促していく。
「くっ」
何秒経過した?
思った以上に時間がかかっている気がする。
心臓から血液が押し出され、再度心臓に戻ってくるまで一分間と言われている。さらに肺との循環に六秒。
一周してきた血液から魔法によって集めてきた毒素を取り除く。
くそっ、まだだ。まだ毒の成分が残っている。
一周で毒の成分を消しきれない可能性は高いと言われていた。
それでも一周すれば、麻痺が多少残る程度で死ぬことはないってリーゼロッテは言っていたが、麻痺を残すと彼の冒険者としての生活に支障が出る。
魔力切れでも修行空間に戻れば魔力を回復できると思っていたが、術の途中で戻ることはできない。
ならば、魔力が切れるまでやってやる。
最後まで責任を持つって言ったんだ。
限界まで――
「少ないけど僕の魔力を使って!」
「え?」
振り向くと、さっき話していた男の子が金色の瞳で僕を見据え、背中に手を当てた。
彼の手から僕の身体の中に魔力が流れ込んでくるのを感じる。
「これ、君のスキル?」
「うん。魔力を他人にあげるスキル」
「君、最高だよっ!」
僕はそう言って、さらに魔法を放ち続けた。
時間にしたら、三分にも満たないだろう。
準備にかかった、ほぼ丸一日の時間を考えると、一瞬とも言える治療時間だ。
僕は息を吐く。
「終わった……毒の成分はなくなって、呼吸も落ち着いてる。もう大丈夫だ」
僕がそう言った途端、周囲から歓声が上がった。
患者を運んできた男の人は、僕の手を取り、涙ながらに言う。
「ありがとう。こいつは十年来の仲間で、家族のようなものなんだ。礼はいくらでも払う……と言っても限度があるが」
「お姉さん、蛇の血清を使用した場合って治療費っていくらくらいなの?」
近くにいた受付嬢のお姉さんに尋ねる。
「銀貨一枚ですね」
「そう。じゃあ、倍の銀貨二枚貰ってもいいかな? たぶん、血清を打つより効果はあったし、僕にもリスクがあったから」
「それだけでいいのか? 魔法の治療は高額だぞ」
「確かに、規定の額より安く治療し過ぎたら回復魔法でお金を稼いでいる教会に怒られるかもしれないけれど、今回は教会から冒険者ギルドに行くように言われたんだから、たぶん大丈夫だよ」
「いや、そういう意味じゃ……ありがとう」
男は僕に礼を言って、巾着袋から銀貨を二枚取り出して僕に渡した。
そして、そのうちの一枚を男の子に渡す。
「これ、君の分ね」
「え、でも――」
「遠慮せずに受け取ってよ。即席のコンビだったけど、いいアシスタントだったよ」
僕はそう言って銀貨を渡し、そういえば、彼の名前を聞いていなかったことに気付いた。
「君の名前――」
「何をしてるんだい?」
名前を聞こうとしたとき、振り返るとそこにロジェ父さんがいた。
「悪いことはしてません! 人助けです」
「うん、事情はさっき聞いたよ。よくやったね。親として誇らしいと思うよ」
「いえいえ、人として当然のことをしたまでです、父上」
「うん、じゃあ人として当然の、説明責任も果たしてもらおうかな?」
「父さん、僕子供だからせつめーせきにんなんて難しい言葉わからないよ」
「大丈夫だよ。わかるまでゆっくり話をしてあげるからね」
そう言って僕はロジェ父さんに引きずられて、冒険者ギルドの奥へと向かうこととなる。
男の子と目が合った。
……ってあれ? さっき見たときは金色の瞳だったのに、何故か銀色の瞳になっている。
カラーコンタクトが落ちたのかな?
ギルドの奥で説明責任を果たすこととなった。
といっても、ポイズンスネークによって毒状態にあった男の人を治療した。
それだけだ。
「セージ、その魔法はいつ覚えたんだい? 解毒魔法はかなり複雑な術式だってエイラから聞いた気がするんだけど、エイラに教わったの?」
「ううん、母さんじゃない。えっと、たまたま知り合った人に貰ったんだ。でも、その人のことは言ったらダメだって言われた」
「どんな人にもらったんだい?」
「エルフっぽい人。それ以上は話せない」
詰問されている状態で、ロジェ父さんに適当な嘘をついても通用しないと思う。
なので、僕は正直に話した。ただし、重要なところを省いて。
ロジェ父さんは僕の言葉を吟味するように目を閉じて考える。
そして、結論が出たようだ。
「エルフか……村に来てたのかもな。確かに、彼らなら、複雑な術式を知っているのも頷けるし、自分の素性を周囲に知られたくないから、セージに口止めをしたのも理由がつく」
おぉ、ロジェ父さんが納得してくれた。
うん、人間、やっぱり正直が一番だ。
「炭酸水を作った術式もエルフから貰ったものかい?」
「ううん、あれは僕が考えた」
「……そうか」
ロジェ父さんは少し残念そうに言う。
しまった、その手柄もハイエルフたちに譲ったらよかったのか。
あぁ、でも、ここで嘘を吐いて見破られたら、せっかく納得してくれたさっきの部分まで嘘ってことになってしまう。
炭酸水の手柄の件は諦めよう。
「セージ、よくやった。偉いよ。さっきも言った通り、親として誇らしく思うよ」
ロジェ父さんはそう言って僕の頭を撫でてくれた。
本当は周囲の人にもっと褒めてもらいたいそうだけれども、いま冒険者ギルドのホールに戻ると、僕を中心に飲み会が始まってしまいそうなので、冒険者ギルドの裏口からこっそり外に出ることにした。
メディス伯爵を待たせるのはダメだというのが理由だそうだ。
ここから、少しホールが見える。
でも、さっき一緒にいた男の子は見当たらなかった。
……結局、お互い自己紹介することもなかったな。
でも、冒険者が好きで遊びに来てるって言ってたし、またここに来たら会えるだろう。
暫くは王都に滞在するからね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます