第108話 メディス伯爵家の挨拶


 王都は城壁に囲まれているが、さらに城壁の中に城壁がある。

 貴族街と呼ばれる場所を隔離するための壁だ。

 貴族の当主は各地に領地を持っている。というか、各地に領地を持っているから貴族だ。

 法服貴族――行政上の仕事をする人に身分を与えるための制度――というものは存在しないらしい。

 だから、貴族街にある家は、全て貴族の別邸である。

 ちなみに、うちは貧乏貴族だから別邸なんてものはない。


 王都って土地は高いはずなのに、どうやったらこんな敷地面積を取れるのか……って思うけれど、もしかしたら、先に貴族のための敷地を確保してから、残りの土地を平民たちに分けているのかもしれない。

 貴族社会、恐るべし。

 だからといって、「別邸なのに、うちの家より立派な家ばかりだね」――なんて言わないよ。


「これ、全部貴族様の別邸なんですかっ!? 旦那様の屋敷より豪華ですよね」


 僕が言わなくても、キルケが余計なことを言うから。


「ははは、そうだね」


 ロジェ父さんは笑って流した。きっと同じことを思っていたんだろう。

 まぁ、別邸と言っても、基本は家族だったり親族だったりが住んでいるので、管理者以外は住んでいない空き家なんてものはないらしい。

 さっきまでと比べて、人通りはほとんどないな。


「メディス伯爵家の家ってどのあたり?」

「あそこに青い屋根の屋敷が見えるだろ? あれだよ」

「え? うわ、大きい」


 周囲の建物も大きいけれど、それに輪をかけて立派だな。

 マッシュ子爵の屋敷くらいある。

 あっちは子爵家の屋敷であるが、元々あの地を納めていた侯爵家の屋敷をリフォームして使っている。つまり、侯爵家の本邸と同じ大きさということになる。

 あんな立派な家のお嬢さんか……なんか不安だな。

「あなたみたいな貧乏貴族と私が結婚!? そんなのありえませんわ!」とか言って追い出されたりしないだろうか。

 不安だ。


「あれ? ロジェ父さん、何か緊張している?」

「少しね……」


 ロジェ父さんが緊張するって珍しいな。

 もしかして、かなり怖い人なのだろうか?

 変なことを言ったら貴族であろうと不敬罪で拷問打ち首っ!?

 それは怖い。

 思い出せ、エイラ母さんから貴族のマナーについて一通り教わった。

 さっきまでの修羅場を思い出せ!

 一日かけて解毒魔法を修得し、実践で一発成功したんだ。

 僕は本番に強い。


「セージは緊張しなくても大丈夫だよ」

「うん、そうだよね。リラックスして挑まないと。本番は練習のように! だよね!」


 僕がそう思っていると、馬車が伯爵家の敷地の中に入っていき、いつの間にか入り口に停まっていた。


「じゃあ行こうか」

「うん」


 荷物はキルケが持ってくれているので、僕は手ぶらで降りた。

 とりあえず襟を再度正し、髪を手櫛で整える。

 入口で待っていたのはメイドさんだった。


「お待ちしておりました。お久しぶりです、スローディッシュ男爵」


 メガネをかけた三十歳くらいの美人メイドさんがロジェ父さんに挨拶をする。

 父さんとは面識があるようだ。


「久しぶりだね。メディス伯爵にお目通りを願いたい」

「はい、話は伺っています。こちらへどうぞ」


 屋敷の外観は立派だったが、中はさらに立派だった。

 さすがに入ってすぐに巨大トカゲの剥製に迎えられるなんてことはなかったが、なんか立派な石像や高そうな絵が飾られていて、いきなり僕に先制攻撃を繰り出す。

 くそっ、こんな凄い芸術品に出迎えられるのなら、リアーナの石細工を手放すんじゃなかった。

 僕が持っている『嘘の報酬プライスレス』では太刀打ちできない。

 こうなったら、ゼロの部屋から僕の絵を一枚貰ってこようか……って、なんだその羞恥プレイ。


 それにしても、この屋敷、部屋がいくつあるんだ?

 絶対、使われていない部屋とか山ほどあるだろう。

 というか、どれがどの部屋か覚えるのも大変そうだ。

 部屋に全部プレートを付けてほしい。

 トイレに行ったら自分がどの部屋にいたのか忘れて迷子になる展開とかありそうだ。

 気を付けねば。

 でも、少し不思議だ。

 これだけ広い屋敷なのに、何故か他の従者の姿が見えない。マッシュ子爵のところでも、何人もの従者が出迎えてくれたのに、メイドさん一人しか出迎えてくれないなんて。

 もしかして、よっぽど下に見られてる?

 と思ったとき、大きな部屋の前で止まった。

 ここがメディス伯爵の部屋なんだろう。

 メイドさんが扉をノックをする――その直前。

 扉が開いた。

 中から現れたのは白髪交じりの黒髪の立派な髭を生やした男性。

 この人がメディス伯爵……なのか。


「旦那様、スローディッシュ男爵が――」

「そんな者は呼んでおらん! 帰れっ!」


 ――えぇぇぇぇぇぇえっ!?

 いきなり帰れって……えぇぇぇぇぇえっ!?


 僕が混乱していると、茶色い髪の美人がこちらに向かって走ってきて、


「バカぁぁぁぁっ!」


 と持っていた本でメディス伯爵を殴り倒した。

 てぇぇぇぇぇぇぇえっ!?

 なに、この展開?

 この人、メディス伯爵だよね? なんでいきなり怒られてるの?

 なんで、この人突然美人に殴られてるの?

 そして――


「久しぶり、ロジェっ!」


 なんでこの美人さん、いきなりロジェ父さんに抱き着いてるのっ!?

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