第109話 迷子になった

 ロジェ父さんが知らない美女と抱き合っている。

 浮気なのか? 浮気しちゃったのかっ!?

 エイラ母さんというものがありながらっ!?

 そりゃ、エイラ母さんは美人の割には大雑把なところがあり、料理をしていたときも味付けが全然定まらなかった。ティオが来てからは厨房に立つ機会なんてほとんどなく、暇があったら本を読んでいる毎日。

 でも、エイラ母さんにだってエイラ母さんのいいところがあるのに。


 というか、この人、この家の人だよね?

 もしかして、メディス伯爵の娘さんっ!?

 ロジェ父さん、そんな人に手を出しちゃったの?


「あら? もしかして、この子がセージくん?」

「は、はい、はじめまして。セージ・スローディッシュです」

「あらあらあら! ロジェの小さい頃に似ててかわいいわっ! はじめまして。ロジェの母のアリシアよ。アリシアお婆ちゃんって呼んでね」

「はい、アリシ……え? えぇぇぇぇぇぇえっ!?」


 ロジェ父さんのお母さんっ!?

 僕のお婆ちゃんってことっ!?

 どう見ても三十代、いや、二十代にもみえるのにっ!?


「アリシアっ! 何を言う! この男は勘当したんだ! もう儂の息子でもなければ、メディス伯爵家とは縁もゆかりもない」

「あら、あなたが勘当したのは勝手ですけど、私はロジェと母子の縁を切った覚えはありませんよ?」


 倒れたメディス伯爵とアリシアさん――アリシアお婆ちゃんの話からすると、ロジェ父さんはメディス伯爵の息子ってことになるのかっ!?

 ていうことは、メディス伯爵は僕のお爺ちゃん!?

 聞いてない、聞いてないよ、そんなこと。


「ごめん、セージに黙ってて。でも、僕はメディス伯爵家を勘当された身だから、家名を名乗ることも許されなかったんだ」

「エイラ母さんはそのことを知ってるの?」

「うん、知ってるよ。ラナにも出発する直前に教えた。セージの方が先に知っちゃったらラナが拗ねるからね」


 知らなかったのは僕だけか。

 

「あら、ロジェ。セージくんにも黙ってたの? 別に言っちゃえばよかったのに、あなたって本当に昔から融通が利かないわね」

「当然のことだ。勘当とはそういうものなのだからな」


 メディス伯爵はそう言うと、何故か僕の顔をじっと見た。


「セージといったな」

「はい」

「……来なさい。招待した覚えはないが、客人だ。茶くらい出そう」


 さっきまで帰れって怒っていたのに、メディス伯爵はそう言うと、僕に背を向けて歩き出す。

 

「どうした? 来ないのか?」

「行きます」


 メディス伯爵が振り向いて尋ねると、僕は返事をして彼を追いかけた。

 黙って進む。

 怒っているのだろうか?

 ていうか、ロジェ父さんやアリシアお婆ちゃんがついてきてない。

 二人きり?


「おい、誰かいるか?」


 メディス伯爵が叫ぶと、一番近くの扉が開き、四十歳くらいの執事服を着た男が現れた。


「旦那様、お呼びですか?」

「この子に茶と菓子を持ってきてくれ」

「こちらは、ロジェ坊ちゃまの?」

「坊ちゃまというな。ああ、そのロジェの息子だ」

「おぉ、ということは、既にロジェ様に会われたのですね!」


 執事さんが何故か大きな声でそう言うと、他の部屋の扉が開き、使用人さんらしき人達が大勢出てきて、仕事を始めた。

 全員でかくれんぼをしていたの?


「まったく、ロジェを見つけたら儂のところに案内せずに追い返せって伝えたら、全員部屋に引きこもりおって……」


 メディス伯爵が忌々し気に言う。

 使用人さんたちを全く見かけなかったのは、もしもロジェ父さんを見つけたら追い返さないといけなくなるから、ロジェ父さんが屋敷に来たタイミングで室内に引きこもったからなのかな?

 応接間らしい場所に案内された。


「座りなさい」

「はい」


 ソファに座る。柔らかい。

 これまで硬い馬車の椅子に座っていたから、余計に柔らかく感じる。


「ミントも直に来る」

「ミント?」

「なんだ? 自分の婚約者の名前も知らないのか?」


 あ、僕の婚約者の名前か。

 ってあれ?

 ロジェ父さんがメディス伯爵の息子ってことは、その婚約者のミントさんと、僕の関係って?

 従妹? それとも実は叔母さん?


「ミントは息子の養女で、元々は分家の人間だ。一応血のつながりはあるが、かなり遠い」

「そうなんですか」

「ところで、エイラは元気にしてるか?」


 思わぬところで、エイラ母さんの名前が出て吃驚した。


「エイラ母さん――母をご存知なんですか?」

「ああ、エイラは私の教え子の中でも一番優秀な生徒だった。将来は宮廷魔術師になるかと思っていたが、まさかあやつの妻になるとはな」

「そうなんですか。エイラ母さんは、良き母であり、良き領主の妻ですよ。スローディッシュ領は水も豊富ではありませんので、乾季になると魔法で雨を降らしてくれますから、領民からの信頼も厚いです」

「……ふむ、それによき先生でもあるようだな。とても五歳の子供とは思えないくらい弁が立つ」


 しまった、もっと五歳児らしく振舞った方がよかったかな?

 さっきの執事さんが紅茶とお菓子を持ってきた。


「食べなさい」


 メディス伯爵が許可をくれた。

 よし、ここは子供らしくお菓子に夢中になろう。

 お茶菓子は砂糖がたっぷりだな。

 こんなに砂糖が使われているのなら、砂糖の部分だけもらって菓子作りに使いたい。

 でも紅茶は美味しい。


「菓子より紅茶が好みかね?」

「はい。とても落ち着く味です」

「そうか……確かに落ち着く味だ」


 そう言って、メディス伯爵はお茶を飲む。

 別になにをするでもない時間が過ぎていく。

 ロジェ父さんたちは来ない。


「…………」


 しまった、紅茶を飲み過ぎた。

 トイレに行きたくなった。


「なんだ、トイレか?」

「はい」

「出て左の突き当りだ。案内させようか?」

「いえ、自分で行けます」


 僕はそう言うと、頭を下げて部屋を出た。

 そこで、修行空間に行けばよかったんだって思い出す。

 家にいるときも、おしっこのときは修行空間に行かずに家のトイレで済ませていたからつい癖が出てしまった。

 まぁ、せっかくだし、伯爵家のトイレを体験してみようかな?

 もしかしたら、魔道具てんこもりの自動洗浄トイレかもしれない。


 なんて思ってトイレに向かう。


 うん、普通のトイレだった。

 まぁ、綺麗と言えば綺麗に使われているみたいだけど、やっぱりトイレットペーパーもウォシュレットもないトイレはなぁ。

 少しガッカリした。

 さて、メディス伯爵のところに戻るか。

 ちなみに、僕は賢いので、ちゃんと客間の場所を覚えているので、広い屋敷だからといって迷子になるお約束はしない。

 って、さすがに屋敷の中で迷子になるっていうのは誇張表現が過ぎるか。


 なんて思っていると、子供がいるのを見つけた。


「え? なんで?」


 一瞬横顔が見えただけだけど、さっき冒険者ギルドで会った男の子だった。

 もしかして、伯爵家の使用人の子供?

 僕は自然に彼を追いかけた。

 

「あそこか」


 彼が入った部屋を見つけ、僕はノックをすると同時に部屋に入る。


「君っ!」


 僕が扉を開けると、そこにいたのは男の子――ではなく、僕と同い年くらいの銀色のツインテールの女の子がいた。

 ちょうど服を着替ているところだったらしく、カボチャパンツが目に飛び込む。


「ごめん、迷子になっちゃって部屋を間違えたみたい」


 僕はそう言って、扉を閉めた。

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