第110話 メッキが剥がれた
「入ってきても大丈夫だよ」
幸いにも、彼女は僕に裸を見られたにもかかわらず叫ぶことなく、ただちゃんと羞恥心はあるのか恥ずかしそうにしながら、扉越しに僕にそう言った。
「――ごめんなさい」
「ううん、私の方こそ、男の子の恰好をしててちゃんと説明してなかったのがいけないんだし。まさか、君がここに来るなんて思ってもいなかったから。でも、そうだよね。蛇毒の解毒魔法を使えるんだし、ここに招待されても不思議じゃないよね」
あれ? もしかして、僕、凄い魔法が使えるからここに招待されたと勘違いされてる?
そうじゃないんだけど、でも、ここのお嬢様の婚約者です――って名乗ったらこの子に気を遣わせちゃうかな。
でも、使用人の子供の部屋にしてはとても立派だし、彼女が着ている服も凄く立派……ってあぁ、そうか、そういうことか。
ここで、アニメとかによくいる見えていない系の主人公だったら、彼女のことを使用人の子供と勘違いしたまま話を進めるんだろうけれど、僕は残念ながら理解できた。
「ねぇ、君って、もしかしてミントって名前だったりする?」
「そういえば自己紹介がまだだったね。うん、私はミント・メディス」
そう言って、僕の婚約者のミントは、はにかむような笑顔を浮かべた。
そうか、この子が婚約者かぁ。
まぁ、傲慢で高飛車な子供じゃなくてよかったって思うべきだよね。
「改めまして。僕の名前はセージ・スローディッシュです」
「え!? セージって……えっ!? えぇぇぇぇぇえっ!?」
裸を見られても動じなかった彼女が大声を上げた。
当然、周囲にいる人たちが駆け付ける。
最初に来たのはメイドさんだった。
「どうなさいました、お嬢様――誰ですかっ!? この少年は――」
「待ってください。彼は私の婚約者のセージくんです。すみません、冒険者ギルドで知り合った相手が婚約者だと知って驚いてしまったのです」
ミントがそう言ってメイドさんに謝罪する。
「そういうことでしたか。セージ様、婚約者の部屋であっても婚姻前の男性が淑女の部屋に入るのはいけないことです」
「すみません、道に迷ってしまって。応接間はどっちでしたっけ? メディス伯爵を待たせているので」
「では、ミント様も一緒に行きましょう。旦那様がお呼びしていましたので」
「はい」
歩きながら、僕はミントに尋ねる。
「ねぇ、さっきはなんで男装していたの?」
「お父様が、冒険者は小さな女の子相手でも恋愛感情を抱く変態が多いから、男装していくようにって言われたの」
確かに心配だよね。
否定しないよ。
ここは日本じゃない。YESロリータNOタッチの変態紳士だらけとは限らない。
でも、世の中には小さな男の子相手でも恋愛感情を抱く人もいるから、絶対に安心とは言えないよね。
僕たちはメディス伯爵のいる部屋に戻った。
「お爺様、お待たせしました」
「ミントか。彼がセージ・スローディッシュ、お前の婚約者だ」
メディス伯爵はミントに僕を紹介する。
ってあれ?
婚約については反対しているとばかり思っていたけれど、すんなり婚約者って紹介するんだ。
「セージ様、お菓子は食べましたか?」
「はい、いただきました」
「このお菓子、お爺様が店まで出向いて、セージ様には何を食べて頂けたら喜ぶか考えていたんですよ? それと、マッシュ子爵とも手紙をやり取りし、セージ様がお茶を砂糖もミルクも入れずに飲むのを好まれるという話を聞くと、そのまま飲んでも美味しい紅茶を急遽取り寄せたんです」
「ミントっ! なんてことを――」
「だってお爺様は誤解されやすいのですから。黙っていたらセージ様が怖がってしまいます。それはお爺様も本意ではないでしょ?」
「う……うむ……」
メディス伯爵がミントに言われて押し黙る。
そういえば、紅茶を出されたとき、ミルクも砂糖もなかったな。
僕はそのまま飲むのが好きだから特に気にならなかったけれど、言われてみれば確かに変だ。
もしかして、僕、歓迎されていたのか?
ロジェ父さんも、それを理解していて、祖父と孫の仲を深めるために僕を見送ったのかも。
ちょっと試してみるか。
「あの、メディス伯爵――失礼でなければ、僕も伯爵のことをお爺様とお呼びしてもいいでしょうか?」
「もちろ――待て、ロジェは勘当したのだ。ロジェの息子にお爺様と呼ばれるのはいかん」
一瞬、メディス伯爵の顔が綻んだのを僕は見逃さない。
やっぱり、僕にお爺様って言われたいんだ。
「ミントお嬢様と婚約しているのですから、ミントお嬢様のお爺様は、僕にとってもお義爺様では?」
「なるほど、その手が――う、うむ。確かにその通りだ。許可しよう」
だんだんとメディス伯爵のメッキが剥がれてきた。
誤解されやすいってミントが言っていた意味がよくわかる。
でも、なんでロジェ父さんを勘当したんだろ?
この辺りはたぶんデリケートな問題だから、メディス伯爵に聞くより、ロジェ父さんに聞いたほうがよさそうだ。
「メディス伯爵家は魔法の名家だと伺いましたが、お爺様とミントお嬢様も魔法が得意なんですか?」
「うむ。儂は水と氷、それと構築魔法スキルを持っている」
「二属性に構築魔法も使えるんですか? 凄いです!」
僕が褒めると、メディス伯爵はまんざらでもない顔をする。
「私は魔法は使えませんが、魔法付与と魔力操作をするスキルを持っています」
「魔法付与?」
「魔石に魔法の術式を付与するスキルです。主に魔道具を作るのに使われます」
「それは便利そうなスキルですね」
そういえば、リディアが転移先に登録するための魔石にも魔法を付与しているって言っていた。
彼女も魔法付与のスキルを持っているのだろうか?
今度聞いてみよう。
「お爺様、セージ様も構築魔法が使えるんですよ? 冒険者ギルドでは蛇毒の解毒魔法を使っていらっしゃいました。とっても素晴らしかったです」
「蛇毒の解毒魔法だと!? それは本当なのかっ!?」
……そうだ、その説明をしないといけなかったんだ。
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