第111話 こんな可愛い子が男の子のはずがない

「エルフから構築魔法の術式を教わっただとっ!? そして、それを理解したのか?」

「はい。これがその術式です」


 僕はリディアがくれた術式の紙を渡す。

 メディス伯爵はその術式を黙読始めた。

 その間、ミントとお話をしようかなって思ったら―― 


「…………」


 ミントも熟読を始めた。

 ミントは構築魔法を使えないはずだけど……あ、魔法付与を使うに術式の知識が必要なのか。

 でも、身体魔法の言語はほとんど覚えていないので早々にリタイアしたようだ。


「セージ、この意味なのだが――」

「あぁ、それは――」


 僕がリディアたちに教わったことを思い出しながら伝える。

 質問は一時間程続いた。

 結構専門的な話になったので、ミントが退屈しないか心配していたけれど、ミントはじっと話を聞いてくれていた。


「まさか、エルフの術式がこれほどとは。この術式を書き写してもよいだろうか?」

「よかったら差し上げます。僕はもう覚えているので見なくても複写できますから。よかったら、魔法学院でもお使いください」

「それは助かる。それにしても、術式への理解。さすがは儂の孫だ。世界一賢いんじゃないか?」


 メッキが剥がれるどころか、もうメッキ存在しないくらいの爺バカっぷりだ。


「ありがとうございます。これを機に、父の勘当も解いてもらえないでしょうか」

「勘当を解くもなにも、もともとロジェが言い出したことだ」

「え? それってどういうことですか?」


 メディス伯爵は言った。

 メディス家は魔法の名門として国内外に名をとどろかせている名家であり、多くの宮廷魔術師も排出する家系であった。そんな中、長男として生まれたのが、ロジェ父さん。

 しかし、ロジェ父さんは生まれながらに、魔法の素養どころか、スキルを何一つ持っていなかったそうだ。

 それでも、メディス伯爵はロディ父さんに家督を譲るつもりでいたそうだ。

 しかし、周囲の人間の中には、家督はロジェ父さんではなく、弟のトラスが継ぐべきなのではないかと意見する者も現れ、メディス伯爵家は揉めに揉めた。

 最もトラスに家督を継ぐように進言したのが、他ならぬロジェ父さんだった。

 メディス伯爵は最後まで首を縦に振らなかった。

 そこで、ロジェ父さんはメディス伯爵の決闘を申し込んだ。

 メディス伯爵が勝てば、自分は素直に家督を継ぐ。

 しかし、もし自分が勝てば、勘当し、家から追放してほしいと。

 それでメディス伯爵家は分断することなく一つにまとまるからと。

 メディス伯爵はその決闘を引き受けた。

 当時、メディス伯爵は戦闘魔術のエキスパートであり、不敗の魔術師を誇る猛将でもあったそうだ。たとえ、ロジェ父さんが剣を極めたといっても、剣と魔法、両方を使いこなす自分が負けるはずがない。

 そう思ったそうだ。

 そして、勝負の結果は、ロジェ父さんがメディス伯爵家を勘当されたのだから言うまでもないだろう。


「というわけだ。あの後、儂がどれだけ妻やトラスに怒られたと思う。しかも、戦争で活躍して勝手に爵位を貰ったあげく、儂の一番の教え子のエイラまで連れていきおって、その上、謝罪の手紙を送ったっきり、連絡一つ寄越さず――」

「お義母様とエイラ伯母様は手紙でやりとりなさっていたそうですよ。学園時代の一番の親友ということで、お互いに子供ができたら結婚しようと約束した結果、今回の婚約が決まったそうですから」


 なんか、色々と納得できた。

 ロジェ父さんは自分が身を引くことで、家を一つに纏めようとしたんだけど、その結果、メディス伯爵に不義理を働いてしまった。

 つまり、誤用ではなく、本来の意味で敷居が高かったわけか。

 

「そういうわけで、勘当を解くわけにはいかん。あいつは、いまや戦争の英雄だ。そんな状態で勘当を解けば、再び後継ぎ問題が再発……いや、待てよ?」


 メディス伯爵がなにか名案を思い付いたように手を打つ。


「セージが当主になれば、皆が納得するのではないか? エルフの術式を解く魔法力。ミントと婚約するわけだから、セージが後を継いでも、ロジェ派、トラス派、双方が納得する。それになにより、孫がずっと家にいる。全員幸せではないか」

「お爺様、急にそんなことを言ったらセージ様が困惑してしまいます」

「はい。それに、僕にはきっと王都の空気は肌に合わないと思いますので」


 上級貴族となると、しがらみとか煩そうだ。

 しかも当主になるなんて、勇者を見つけて、一緒に旅をするとか絶対にできないと思う。

 田舎暮らしで貧乏だけど、男爵家の方が絶対に楽そうだ。

  

「失礼します、メディス伯爵。こちらがミント嬢ですか。はじめま――おや、冒険者ギルドでお見かけした女の子でしたか」

「え? ロジェ父さん、ミントを初めてみたときから、女の子だって気付いていたの?」

「あたりまえだよ。こんな可愛い子がが男の子のはずがないじゃないか」


 日本だったら「こんな可愛い子が女の子のはずがないか」って言うんだけど、言葉から考えると、確かにそれが正しいよね。

 

「ロジェか。ちょうどいま、セージをメディス伯爵家の当主にするのはどうかと話していたんだ。どうだろうか? この子の術式の話を聞けば、周囲も納得するだろう。それほどまでに画期的な術式だ」

「――セージはなんて答えたんだい?」

「僕は田舎暮らしが性に合ってるからお断りしました」

「そうですか。伯爵、私も自分勝手な行いには反省しておりますし申し訳なく思っています。ですが、だからこそ、息子の将来も、彼の自主性を尊重しようと思っています」

「……そうか」

「はい。だからこそ、伯爵にもご協力を願いたいのです」

「願いだと? 私にか?」

「はい。炭酸水を生み出す術式を編み出したと知られたら、周囲は黙っているとは思えませんから」


 ……あ!

 しまった、術式、術式って話していたから、ロジェ父さんが勘違いしている!


「ロジェ父さん、そっちはまだ――「炭酸水の製法を思いついただとぉぉぉっ!?」言ってないから……って遅かった」


 メディス伯爵が立ち上がり、大声で叫んでいた。

 まぁ、話すつもりだったんだけど……タイミングがさぁ。

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