第80話 土下座エルフ

 ハイエルフたちがレタスを食べている。

 同じ名前の果実とかではない。

 生のレタスをかじりついているのだ。サンドイッチによく使われるレタスだ。

 うん、レタスという名前のイチゴだったとしたら、かじりついていたとしてもかわいい仕草に見えるだろうが、彼女たちが食べているのは紛うことなきレタスだ。さらに言うなれば、ゼロによって育てられたそれは、日本のスーパーに並んでいるレタスの三倍くらい大きい。

 きっかけは、僕の一言だった。


「カエル肉ばかりの食事は大変だったね。よかったらゼロが育ててくれた野菜とかあるけど食べる?」


 返事は、今の状況を見れば言うまでもない。

 彼女たちはレタスを一口食べたとき、泣いていた。

 よかったら野菜炒めでも作ろうかと提案したけれど、生のままがいいとのこと。

 うん、できれば千切って食べて――それより芯の部分は、いや、なんでもない。

 マヨネーズを勧める暇もなかった。


 彼女たちがレタスを食べている間に、改めて彼女たちの情報を纏める。


 ハイエルフのリーダーはリアーナ。

 元々ハイエルフの女王。エルフの歴史書に名を残すため、税収の多くを研究費に回し、次元移動の魔法を研究させる。

 その頃は果物しか食べないため、フルーツ女王などと影で言われていたが、いまはレタスに夢中だ。

 果物もあると言える雰囲気ではない。


 リアーナの左にいるのは、リディア。

 前世ではハイエルフの研究者。

 ファーストの啓示を無視して研究を続けた。エイラ母さんや僕と同じように構築魔法の使い手。

 いまはレタスを口いっぱいに入れてハムスターみたいになっている。別に口の中に保存しなくても誰も取ったりしない。


 右にいるのはリーゼロッテ。

 前世はハイエルフの巫女。回復魔法のエキスパート。

 ファーストから啓示という名の警告を受けた人物。リアーナに伝えるも、金の力に屈する。屈するというより、喜んで従う。結果、神罰の対象に。

 食べかけのレタスを拝んでいる。まるで神のように。レタス真宗の教祖にでもなるのだろうか? 僕は入信しない。


 三人とも美人なんだけど、レタスに貪りつくその姿は血に飢えた肉食獣で美しさとは程遠い。

 野菜を食べているハイエルフなのに肉食獣に見えるって皮肉だね。


「大変満足致しました」

「ありがとうございます」

「美味しかったです」


 そこまで喜んでくれたら嬉しい。

 作ったのはゼロだけれども、ゼロは魔法収納で食べ切れないくらいレタスを保存しているので問題ないらしい。


「それじゃ、彼女たちはファーストのところに戻るということで――」

『私たちをここに置いてください!』


 土下座(二回目)。

 事情を――いや、聞く必要はないか。

 八百年放置された元上司のところに戻って、もう一度同じことにならないという確信はない。一度あったことは二度あるのだ。土下座と同じで。

 どうしたものかとゼロを見る。


「セージ様の判断にお任せします」


 そう言われたか。

 うん。

 アウラと仲良くしてもらえるだろうか?

 いまは、アウラはゲーム部屋に待機してもらっている。

 アルラウネは魔物だからトラブルになるのを避けたらしい。

 まずは、その事情をしよう。


「うちにはアルラウネがいるんだけど――」

「敵ですね、排除します!」

「セージ様には指一本触れさせません」

「どうかご命令を!」

「よし、ファーストに引き取ってもらおう」

「「「なんでっ!?」」」


 人の話は最後まで聞かないとダメだよ。

 三度目になると、土下座も見飽きた。

 で、どうするかだが。


「零階層で引き取るとして、住む場所をどうする? さすがに休憩所だけだと狭いよね……」


 僕とアウラは休憩所で寝泊まりをしているけれど、ベッドは二つしかない。

 そもそも、エルフって森の中に住むんだよね?


「えっと、神様がプライベートで使う部屋が余ってるんだけど、一人はそこで寝る?」


 拒否された。

 神の部屋に住んでもしものことがあったらと思うと怖くて眠れないと言われた。

 まぁ、僕だってゲーム部屋で寝落ちする勇気はない。

 いくらこたつがあって気持ちいいといっても、一時の快楽に身を任せて破滅したくはない。

 それに、神の部屋に行くには、ゼロのプライベートルームを通らないといけないから、そこを家にするというのもやっぱりダメだよな。

 だとすると、休憩所か、畑の近くに家を作ってもらうか。

 でも、このエリア、元々ゼロが野菜や果物を育てていた場所に加え、ジャガイモ畑を作ったり、生け簀を作ったり鶏の家を作ったりといろんな工事をしているから、そろそろ手狭になってきているんだよな。


「それでしたら、零階層を拡張しますので、彼女たちにはそこで家を建ててもらいましょう」

「そんなことできるの?」

「はい。空間を拡張するくらいでしたら造作もありません」


 おぉ、それは助かる。

 じゃあ、エルフたちはそこで自分の家を建ててもらおう。

 僕は手伝わなくても――え?

 木材がない? 二階層に取りに行くからついてきてほしい?


「一人でダンジョンに入ることができないのか……でも、木材になりそうな大きな木が生えている場所まで結構距離があるんだよね……それまでは野宿とか……って、無言で土下座の姿勢に入らないで。わかったから」

「「「ありがとうございます!」」」


 疲れる。

 もう、彼女たち、ハイエルフじゃなくて土下座エルフじゃないだろうか?

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