第217話 異世界の酒

「これが異世界の酒か! 金属の缶に入れておるのだな」

「ビールって酒だよ」


 五百ミリリットルのロング缶をマジックポーチの中から箱に入れてその周囲に魔法で作った氷を敷き詰めて持ってきた。マジックポーチの中は時間は止まらず、冷たいものもぬるくなってしまうからだ。

 ただ、氷を入れすぎたせいか、缶が冷え切っていてそれを持つ手がかじかむ。

 それでも我慢してプルタブを開け、エルダードワーフたちの空いてるグラスにビールを注いだ。

 冷えたビールから細かい泡が出てくる。

 注ぎ方が下手なのか、泡とビールが四対六くらいの割合になってしまったが、しばらくすれば泡も消えていく。


「キンキンに冷えておるな。炭酸水が混ざっておるのか? これはエールか? しかし、エールの香りとは違う気がするな」

「儂等の酒も変えて飲むと味が変わる。冷やしているのはそのためじゃろうか?」

「俺はもう我慢できん。飲むぞ!」


 ゲルンがグラスを持ち上げて、最初に口に運ぶ。

 そして、感動するのかと思いきや、ゲルンは真面目な顔で言った。


「原材料は麦だろう。エールと似ているが、しかし全く異なる酒だな。酒精は低い分、口当たりが軽い。蜂蜜酒よりも酒精が低い。ほとんど水で薄めたワインのような酒精だが、そのため、飲み過ぎの心配は少なく、酒精に弱い人間でも普段飲みできるようになっておるのだろう。冷たい温度で飲むことで舌が刺激され、爽やかな感じになっているだけでなく、苦味と酸味を弱めているため、口当たりがよくなっている。のど越しの良いこの酒と相性がいい。なるほど、セージ様が冷やして持ってきたのはそれが理由か。これは酔うための酒ではなく、仕事の後の疲れをリフレッシュさせるはじめの一杯という感じだな」


 最初に一口飲んだだけで、冷静にビールの評価をし始めた。

 その間に残り二人は一杯目のビールを飲み終えている。

 ちなみに、フォースはグラスからではなく、缶飲みスタイルでいっていた。

 アウラと僕は果実ジュースを飲んでいる。


「セージ様、もう一杯くれないか?」

「ああ、これだけで終わりはないじゃろ! これだけでは飲み足りんわい」


 まぁ、五百ミリリットルのロング缶を三人で分けただけだったら全然足りないよね。


「ビールの他にもいろいろあるけど、まだビールにする?」

「なんだと? じゃあ、もっと酒精の強い酒を頼めるか!」

「酒精の強い酒――ウォッカかな?」


 僕が取り出したのはウォッカの中でも特にアルコール度数が高いもので、96度と、アルコールそのもののようなウォッカだ。

 ウォッカはとにかくいろんな穀物から作られる。

 中にはジャガイモから作るものもあるらしく、ゼロが書いてくれたジャガイモに関する書物の中で、その作り方が書いてあった。


「これはアルコール度数が高いから、炭酸水か水、ジュースとかで割って――」

「くはぁ、なんて酒精だ! 凄いな」

「ああ、この喉が焼ける感じはたまらんぞ」

「ううむ、酒造りの頂点。王道にして邪道だな。限界まで蒸留したため味もなにもあったものじゃない。しかし、セージ様の言う通り果実を足すことで独自の味を出すことができる」


 ゲルンだけはウォッカに関しても冷静だ。

 その後、老酒、マッコリ、バーボン、缶酎ハイなどを飲んでもらった。

 そして、最後に出したのが日本酒だ。しかも大吟醸である。

 まぁ、お酒の知識はからっきしな僕は、大吟醸がどのように凄いのか全然理解していないけれど、普通の日本酒より消費ポイントが高かったので貴重なのだろう。

 それを飲んだ瞬間、三人は何かに気付く。


「これは、神の酒か?」

「神の酒?」

「ああ、ファースト様の目を盗み、こっそり飲んだ神の酒の味に似ている。いや、神の酒そのものだ。千年経ったが、このまろやかな完成した味わい、忘れはせん」


 ゲルンが言う。

 その目には涙が浮かんでいた。

 日本酒が神の酒……あぁ、御神酒ってことかな?

 そうか、神はファーストに日本酒をプレゼントしていたのか。


「これは何で作られてるんだ?」


 ゲルンは味よりも素材が気になるみたいだ。

 

「米って穀物だけど知ってる?」

「聞いたことがあるが、見たことはない。少なくともここでは手に入らない」

「なら、零階層で育ててみる? 米はまだ育ててないけど稲を手に入れることはできるし。麦もあるし、いろんな野菜や果物があるから、新しいお酒作りにも挑戦できるよ」

「ていうか、俺はお前らを零階層か十階層に送るために来たんだよ。たく、勝手にセージ様の修行のためのダンジョンを作り替えやがって」


 確かに、街の中に出た魔物も自動的に退治されるんじゃ、レベル上げはできないよね。

 ゼロとフォースが話していた被害というのは、エルダードワーフたちによる自動的な魔物撃退システムのことだったのだろう。

 ゲルンはそう言うと、立ち上がる。

 さっきまで酒を浴びるほど飲んでいたというのに、酔っている素振りを見せずに普通に歩きはじめた。


「セージ様、ついてきてくれないか?」

「うん。アウラとフォースは、ちょっと待っててね」

「わかった」

「セージ様、一人で大丈夫か?」

「大丈夫だよ」


 僕はそう言って、ゲルンと一緒に店を出た。

 

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