第216話 街と魔道具と酒

 酔っ払ってるエルダードワーフたちは酒臭い顔を僕たちに近付けて、


「ほら、飲め飲め」

「お前ら、五歳のガキと零歳の魔物に酒を勧めるな」


 綺麗な細工のグラスに注がれたテキーラのようなものを勧めてくると、フォースがエルダードワーフたちを窘めた。


「なんだ? ドワーフなんて母乳を卒業したら最初に飲むのは葡萄酒だぞ? 五歳になったらこのくらいの酒、飲み水代わりだろ」

「ていうか、母ちゃんは授乳中も酒しか飲まないからのぉ。母乳だって酒みたいなもんじゃ」

「ちげぇねぇ。まぁ、俺たちエルダードワーフに母親はいねぇがな。強いて言えば神様が母親か? ん? 父親か?」


 その一言に、エルダードワーフたちは大笑い。

 うわぁ、酔っ払いの集団だ。


《お前らセージ様の前だぞ! いい加減にしろ!》


 怒気が篭ったフォースの声に、エルダードワーフたちが突然立ち上がり、正座した。

 凄い迫力だ。

 僕に向けられたものでなかったら、そして神の本気の怒気を体験していなかったらちびっていたかもしれない。


「申し訳ない。久しぶりに俺ら三人以外の人が来たからつい」

「最初は酒を飲まずにいようって話しておったのだが、緊張を和ませるために一杯と思っていたら」

「いつもみたいにどんちゃん騒ぎになってしまった」


 エルダードワーフたちがフォースに頭を下げるが、


「俺に謝らずにセージ様に謝れ」


 そう言われ、こちらを見て深く頭を下げた。


「気にしてません――あぁ、お酒の臭いがきついので、換気をしてもいいですか?」

「あ、あぁ」


 エルダードワーフの一人が窓を開けて、風通しをよくする。

 と同時に、外の熱気も入ってきたが、酒臭いより百倍マシだ。

 空気は暑いが、どうやら一気に酔いと同時に陽気な雰囲気も冷めたらしい。


「えっと、改めまして。僕はセージ・スローディッシュです。彼女はアルラウネのアウラ。魔物だけど僕の友達でとてもいい子です。皆さんの名前を聞いてもいいですか?」

「俺はギスタンだ。建築を趣味にしている。この街を作ったのも儂だ」

「儂はグルトン。魔道具作りの専門家じゃ。すまんな。儂等、ずっと三人で話していたせいで、敬語というものをすっかり忘れてしまっておってのぉ」

「俺はゲランだ。酒造りと、あとは採掘も担当している」


 ギスタン、グルトン、ゲランか。

 一度に覚えられないので、持ってきた紙に名前を書いておく。

 こういうとき、日本の名刺文化が羨ましい。


「ところで、この街はなんなの?」

「なんなのかと言われても、暇だったから作っただけだ。俺は街づくりが趣味だからな。坊主だって、目の前に旨そうな料理が並んでいたらいつまで我慢できる? それと同じだ。目の前に手付かずの土地が転がっている。誰の邪魔もされない。街を作れって言われたのと同じだ。名前もないな」

「なるほどね。うん、その気持ち少しわかる」

「おぉ、わかってくれるか?」


 つまり、ギスタンは、オフラインマ〇ンクラフトガチ勢ってことだ。

 ゲームではなく、リアルでマ〇ンクラフトを千年単位でやって、満足いく街を作ってやるぜ! ってことだよね。

 誰かに認められるためではなく、自分がとことん楽しむために。


「グルトンは? あのゴーレムはグルトンが作ったの?」

「おい、坊主。儂の作品をゴーレムと一緒にするんじゃねぇぞ」


 とグルトンが言った次の瞬間――


「おい、てめぇら。さっきからセージ様のことを坊主坊主と気安く言いやがって。天使たちや俺のような魔王が敬ってる相手だぞ。敬語はもちろん、セージ様、もしくは造物主様と――」

「いや、フォース、そういうのはいいから」

「だがよ、セージ様。こういうのは最初が肝心だぞ?」

「別に僕は彼らの上に立ちたいという希望はないし。無理に難しい言葉を使わせて話が進まないと困るから。あと、造物主はやめて」

「……ちっ、話を続けろてめぇら。敬語は勘弁してやるが、セージ様は忘れるな」


 フォースが苛立ってるな。

 僕のことを大切に思ってくれているのはわかるんだけど、ちょっと怖い。


「あ、あぁ、すまねぇ。セージ様。あれはゴーレムじゃなくて魔道具人形じゃ。仮初の命を与えて動かすようなゴーレムと違い、こっちは全て術式による命令により動かしている。いわば芸術品なんじゃよ。特に俺の作ったゴーレム972号は、千の魔石と千の術式を同時使用することにより、ドワーフと同じ動き、ドワーフと同じ思考を持つ究極の人工生命体になったのじゃ」

「完成した三日目にグルドンの命令も聞かずに酒をかっくらって機能不全を起こして壊れたけどな。遺言はノーアルコールノーライフだったか?」

「……ゲルン、それを言うな。自ら死に場所を選ぶ。それこそ作られた命ではない証拠であったのじゃ」


 深いことを言っているように聞こえるが、ドワーフをベースに作った結果、アルコール欲求が止まらなくなったってことだろ?

 でも、究極の人工生命体を作りたいというのは面白いな。

 ゲルンは根っからの研究者なのだろう。


「俺はこの二人みたいに特別な思想なんて持ち併せてはいねぇ。単純にこの三人でうまい酒が飲めればそれでいい」


 ゲルンが言った。

 一番欲が無いように思えた。

 酒が好きなのは他の二人も同じだしね。

 と思ったら、ギスタンとグルトンが深いため息を吐いた。


「セージ様、騙されるなよ。こいつが一番ヤバい奴だからな」

「ああ、ヤバイ。俺たちがここでこうしているのも、全部こいつが悪いんだ」

「どういうこと?」

「ファースト様が神から授かった神酒を奪って、こっそり飲んだのがバレたのじゃよ。おかげで、儂たち三人は放逐ってわけじゃ」

「そもそも、最初に文明が滅んだ原因だって、こいつが異世界の酒欲しさに、次元の壁を越えようとしたのが原因だからな」


 うわぁ、酒にしか興味がないかわりに、酒のためならなんでもできるタイプの人間――じゃなくてドワーフだったのか。

 

「ふん、昔のこと過ぎて忘れたな。俺の記憶は、サボテンマンとサンドフルーツ、二種類の素材からどのような酒を造るかしか興味がない」

「エルダードワーフと会うって聞いたから、異世界のお酒持ってきたんだけどいらないってこと?」

「すみません、生意気言いました。是非ください」


 ……敬語を忘れたという話はどこにいったのか?

 ゲルンはハイエルフたちに負けない土下座とともに僕に許しを請うたのだった。

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