第91話 芸術の都ドルン
芸術の都ドルン。
その上空に、色とりどりのスカイスライムが舞っていた。
うちの村だと、芸術部門に参加した人以外のスカイスライムは半透明の、プロトタイプスカイスライムがほとんどだった。しかし、ここのスカイスライムは色だけでなく形も様々で見ていて飽きない。
中には商店名だとか大セールだとか書かれてた垂れ幕がぶら下がっているスカイスライムまである。
「ドルンの民は古き伝統も大切にしているが、それと同時に新しい物も好む民でもあるんだ。セージの作ったスカイスライムはそんな彼らの琴線に触れたんだろうね」
「凄いです! セージ様! 芸術の都ドルンといえば、この国の最先端を行く文化都市って言われているんですよ! そんな人に受け入れられるものを作るなんて!」
「キルケはドルンに詳しいの?」
「おしゃれなものがいっぱい売ってますからね! 何気ないマグカップでもドルンで買ったっていうだけで値段が倍にも三倍にもなるんですよ!」
町全体にブランド価値がついているってことか。
ドルンに入る門には平民用の門とVIP用の門があり、僕たちの馬車はVIP用の門に向かった。
貴族ならそこから入れるらしい。
「ドルンへようこそいらっしゃいました、スローディッシュ男爵。領主邸へご案内いたします」
「いえ、結構です。彼の家には何度か足を運んだことがありますし、既に私が伺うことは伝えておりますので」
衛兵の言葉をロジェ父さんはやんわりと断った。
なんでも、衛兵の先導で行くと目立つ上に、かなり時間がかかるらしい。
「かしこまりました。しかし、タージマルト戦役の英雄にお会いできるとは光栄です」
「ははっ」
敬礼する衛兵に、ロジェ父さんは愛想笑いを浮かべて馬車を出す。
タージマルト戦役? 英雄?
僕が気になっていると、ロジェ父さんが教えてくれた。
「タージマルト戦役っていうのは、十五年くらい前にあった東の国との戦争のことだよ。そこで、僕とウルノ男爵はマッシュ子爵の率いる部隊――いや、あの時は三人ともまだ貴族ではなかったね。マッシュが率いる部隊で戦ったんだ。僕が男爵になったのも、その戦争での成果があったからなんだ」
「なんで、いままで話さなかったの?」
「人を殺してあげた手柄を自慢したくなかったのかな」
そう呟くロジェ父さんの笑顔は少し悲しそうだった気がした。
ちなみに、その時に貴族になったのはいいけれど、戦後処理をしている合間にさらに東の国に攻められ、新しく獲得した領地の半分を奪われてしまったらしい。
既に戦争で成果を上げたロジェ父さんのような人たちを貴族に取り立て、領地を与える約束を済ませてしまった後だった。
結果、ロジェ父さんたちに与えられたのは、北に新しく開拓した僻地の、しかもとても狭い場所だった。
それがいまのスローディッシュ領らしい。
なるほど、村三つの領地なんて小さすぎると思ったけれど、そういう理由だったのか。
「エイラ母さんと出会ったのもその戦争?」
「そうだね、その話はラナがいるときにしようか。セージばかりに話したら、ラナが拗ねるからね」
「うっ、それは確かに恐ろしい」
それに、どうせならエイラ母さんのいる場所で話を聞きたい。
きっと、恥ずかしそうに照れる可愛らしい母さんの姿を見ることができるはずだ。
ドルンの街の中はやっぱり賑わっていた。
街の人たちの服装もオシャレなものが多いし、画材屋といったスローディッシュ領ではまずお目に掛かれない店なんかもある。
うちの村は、食べ物以外は全部雑貨屋だからね。
画材なんかも買うことはできるけれど、普段使いしないものなんかはバズに頼んで仕入れてもらうので、商品が届くまで一カ月以上掛かることも珍しくない。
日本みたいにネットで注文したら翌日には家に届くような世界ではないのだ。
ガラス細工の店、ぱっと見た感じだととても綺麗だ。
エイラ母さんへの本以外のお土産は王都ではなくここで買ってもいいかもしれない。
と店を見ていると、僕は面白い物を見つけた。
「ん? 父さん! スパイス店がある!」
「この辺りは交易の拠点でもあるからね。スパイスなんかも東の国から入って来るんだ。王都で買うよりは少し安いけれど、それでも高級品だよ」
東の国って言うと、ロジェ父さんが戦った相手――じゃなくて、その後に領地を奪ってきたさらに東の国のことか。
「東の国って、領地を奪われたのに交易はしてるんだね」
「もちろんだよ。休戦協定も交わしているし、十年間は破棄しないことを神聖国を通じて約束している。とりあえず後十年は平和が続くはずさ」
十年限定の休戦協定って、それはもはや停戦じゃないだろうか? と思わなくもないけれど、別に十年経ったから戦争を再開しましょう! なんてことにはならないので、休戦で間違いないようだ。
前世が日本人の僕は戦争に強い忌避感があるので、どうかその間に和平交渉を進めてもらいたい
というか、戦争よりスパイスだ。
そう、僕にはスパイス店に行く義務がある。
これまで、うちの料理の味付けは基本は塩と香草のみ。
胡椒や唐辛子などのスパイスを使うことはできなかった。
しかし、一度スパイス店に行ったという実績さえ作る事ができれば、異世界通販本で購入したスパイスを、『ドルンでこっそり買っておいたんだ。今回は特別だよ』と言って堂々と使うことができる。
そして、それらがあれば、いままで作ることを躊躇っていた料理だって作ることができる。
「父さん、マッシュ子爵の家についたら、町を見に行って来てもいい?」
「でも、一人だと危ないよ?」
「大丈夫、キルケも一緒に来てくれるから!」
僕がそう言うと、キルケが目を輝かせてロジェ父さんを見る。
うん、キルケも行きたい雰囲気出してたもんね。
「それならいいよ。でも、ちゃんとマッシュ子爵に挨拶してからだからね」
「わかった!」
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