第90話 ハイエルフの過去

 レベルが7になった。

 余剰経験値が一気に3万以上増えた。

 つまり、それだけ魔物を倒してきたことになるが、リアーナに教えてもらったゴールデントードの居場所が的中しているので、以前より楽な気分だ。

 レベル7になって魔力にもだいぶ余裕が出てきた。

 そろそろ、強力な魔法を覚えたいところだ。

 それと、ゴールデントードだが、リアーナの言う通り、少しだけ美味しかった。些細な変化だが、大きい。


 現在余剰経験値は五万弱。

 ゼロの話では、レベル8になるとステータス偽造を修得できるギリギリ12万ポイントになるそうだ。

 足らない余剰経験値は7万と少し。

 つまり約8万ポイント分の魔物を倒さないといけないことになる。

 ビッグトード1600匹分。

 ただ、ロジェ父さんに聞いたところ、王都に行ってもステータスカードを発行する洗礼式まで数日時間が必要だということで、期限七日から少し猶予が延びた。

 それほど無理しなくてもレベル8になることができると思う。


 そんな修行空間だが、今日、ハイエルフ三人とアウラたちは本を読んで盛り上がっていた。

 本といっても、ゼロが執筆している本ではなく、異世界通販本だ。


「見てください、料理人スキルがありますよ! 宮廷料理人が持ってたスキルです。1万ポイントですか。これは欲しいですね」

「聖書――異世界の聖典。気になります。新約聖書と旧約聖書の二種類があるんですか……どう違うのでしょう? 」

「アウラ先輩のサファイアがたったの2000ポイントというのが気になります。合成サファイアというのは一体何なのでしょうか? 錬金術の結晶だとしたら、凄い技術です」


 よくも文字とポイントだけの本でそこまで盛り上がれるものだと思ったが、僕も異世界通販本を貰ったばかりの時は結構読みふけっていたし、アウラに贈り物を買うときも一日中異世界通販本とにらめっこしていたものだ。

 

「知らないものもいっぱいありますね。このエンジニアリングというスキルはなんでしょうか? もの凄く高価ですが」

「エンジニアリングって、科学を研究して、それから物を生産する技術……かな? でも、どんな効果かはわからないけれど……って、30兆ポイント!? ゼロ、これってどんなスキルなの!?

「はい、その世界に発見されている科学技術を組み合わせて新たな発明を生み出すスキルです。科学が発達した文明世界では大きな効果が発揮されることは間違いありません」


 つまり、科学技術が発展していないいま入手しても意味のないスキルってことか。

 いや、でも異世界通販本で売られている書物の中には科学に関する書物もいくつもあるから、それを得れば、いろんなものが手に入る……うん、それでも三十兆は高すぎる。

 いくら時間が無限にあるといっても限度がある。


「よくわかりませんが、凄いスキルなのですね。あ、こちらのエンバーミングというのは安いですね。1000ポイントです」

「エンバーミングって、死体修復の技術だよな? そんなものまであるのか」


 僕には必要のないスキルだけど、教会では需要が高そうだよな。

 古代エジプトのような文明があれば、ミイラを作るときにも役立ちそうだ。


「ゼロ様、私たちが稼いだ経験値で買い物はできないんですか?」

「八百年ビッグトードとジャイアントクラブを倒してきましたよ」

「八百年分の買い物をしたいです!」


 おっと、そうきたか。

 だが、それはできない。

 何故なら、買い物で使う経験値は、『魔物を倒して得られる経験値』ではなく『レベルを上げるために使った経験値の余剰分』だからだ。


「そういえば、三人とも800年も魔物を倒してきたんだよな? レベルが凄いことになってるんじゃないのか?」


 ゲームとかでも最初の町周辺で魔物を倒し続け、レベル99にした猛者がいる。

 彼女たちも同じようにレベルを上げていれば、レベル99を超えているのではないだろうか?

 だが、答えは期待外れだった。


「いえ、私たちにはレベルという概念はありません」

「生まれながらに高い実力を持っていますが、しかし、レベルは上がりませんし、ステータスカードも発行されません」

「ファースト様に出会って知ったのですが、亜人はファースト様が管理を行い、人間に経験値の加護を与えるサード様とは管轄が違うそうです」


「そっか、レベルないのか。でも、考えてみればエルフだって五百年も生きるけれど、高レベルばっかりの種族じゃないもんな。エルフもレベルはないのか」

「いえ、エルフはレベルがありますよ? 彼女たちはハイエルフリリアーヌと人間の間に生まれた子供たちの子孫ですから、サード様の加護も受けています。ただし、普通の人間に比べれば、レベルが上がりにくいそうですけど」


 え? エルフって、実はハーフハイエルフだったの!?

 ていうか、三人以外にもハイエルフっていたんだ。

 

「はい。最初のハイエルフがこの世界に生み出され、それから数年置きに一人、また一人と生み出され、108人になったところでハイエルフはそれ以上この世界に生まれなくなりました。私は十七番目のハイエルフ、リディアは三十五番目、リーゼロッテは七十六番目です。それから長い年月の間に、事故に遭ったり魔物に殺されたり、時には自殺をしたり、ハイエルフの生活が嫌になって姿を消したりなどを繰り返し、私が死ぬ頃にはハイエルフの村に住んでいたのは五人くらいになっていました。エルフは数千人いたので寂しくはなかったですが」


 リアーナが女王になったのは、能力や人望ではなく、単純に生き残っていたハイエルフの中で一番古参だったからという理由らしい。

 ハイエルフの社会は年功序列らしい。

 その後、リアーナ、リディア、リーゼロッテの三人が神罰を受けて転生したと。

 結果、ハイエルフは二人しか残っていないそうだが、その二人がどうなったかはわからないと。

 エルフについてはエイラ母さんに教えてもらったけれど、ハイエルフについての話は聞いていないし、家で読んだ本の中にもそういう記述はなかった。

 やっぱり、もういないのだろうか?

 エルフたちなら詳しいことを知っているかもしれないけれど、彼女たちは排他的な種族らしいから、交流を持つのは難しいだろうな。


   ▽ ▼ ▽ ▼ ▽


 馬車での移動も四日目。

 往路の半分が過ぎた。

 王都まで残り三日になった。

 馬車旅もだいぶ慣れてきたが、お尻の痛みはまだ慣れない。

 結局、僕とキルケは二人でお願いして、リラクゼーションとヒールを頻繁に使う許可を貰った。

 おかげで、馬車酔いからもお尻の痛みからも解放されて楽しい旅になっている。


「そういえば、今から行くのってマッシュ子爵の領主町なんだよね?」


 マッシュ子爵はロジェ父さんの古い知り合いで、スカイスライム大会のために来て芸術部門で優勝した。

 ハントのスカイスライムをかなり高額で買い取ってくれたことから、うちの領地と比べてお金に余裕はあるのだろう。

 男爵と子爵、爵位は一つしか違わないはずなんだけどな。

 片道四日となると結構な距離だ。

 馬車ではなく普通に馬で来たとしても二日以上かかる。

 スカイスライム大会のためにわざわざ来てくれたというのは少し申し訳なく思う距離だ。

 そういえば、ロジェ父さんとマッシュ子爵ってどういう仲なんだろう? それとウルノ男爵も。

 なんでか知らないけれど、ロジェ父さんは、昔の話を出すと口が重くなる。そして、いつの間にか誤魔化されている。

 だから、僕は無理に聞き出そうとはしない。

 ロジェ父さんだって人間だ。言えないことの一つや二つあってもおかしくない。

 秘密を抱えているのは僕も同じ――いや、秘密の度合いでいえば僕の方が大きい。


「ってあれ? ロジェ父さん、もしかしてマッシュ子爵の領主町ってあれ?」

「うん、そうだよ」

「大きくない?」


 これまでいくつかの村や町を素通りしたり、一晩過ごしたりしたけれど、これまでの比じゃないくらい大きい。

 城壁も立派で、高さ十五メートルくらいあるんじゃないだろうか?

 建物で言えば五階建てくらいの高さだ。


「芸術の都ドルン。その歴史はジルバスダル王国の王都を除けば二番目に古いと言われている」

「そんな大きな町なのに、なんで子爵家の領地なの? 普通は侯爵家とか伯爵家の領地になるんじゃないの?」

「うん、元々は侯爵家の領地だったんだけどね、その侯爵が問題を起こして、領主不在の町になったんだ。その後は長年議会による運営の自治都市になったんだよ。そして、それは今も続いている。結構面倒な都市でね。ただ、いつまでも領主不在というのもいただけないので、議長の息子であるマッシュが子爵位を得たとき、彼を領主に据えたんだ」


 議会が権力を持っているけれど、領主にも領主の役割がある――か。

 僕からしてみれば、知事と議会を持っている自治体と考えると全然おかしくない制度なんだけど、この国の人から見たらそうではないらしい。

 きっと、マッシュ子爵もいろいろと苦労しているんだろうな。

 なるほど、立派な街の理由はわかった。

 

「もう一つ質問していい?」

「うん、たぶんそっちはセージも答えを知っていると思うけれど、言ってごらん」

「街の上にあるあれって、なに?」

「さっきも言ったように、セージが答えを知っている物だよ」


 うん、やっぱりそうだよね。

 芸術の都ドルン。

 その上空に、色とりどりのスカイスライムが舞っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る