第271話 好感度MAX固定

 目の前には深く頭を下げるギデオンの姿。

 僕にダンジョンの報告をしてから家に帰ってきて、息子のシェルくんの相手をしていたのだが、イセリアから昔命を助けた恩人の一人がミントだと聞いて、即この姿を浮かべた。

 もしもここに日本の文化が根付いていたら、たとえ糞まみれの馬房の中であっても彼は土下座していたに違いないくらい深く頭を下げている。


「まさか、私の命を助けてくださったもう一人の恩人が奥方様だったとは。七年間、礼を言えずにいたこと深く謝罪するとともに、お礼申し上げます」


 ギデオンが泣いている。

 それは今までお礼を言えなかった悔しい涙ではなく、ようやく感謝の言葉を伝えることができた喜びの涙だろう。

 最初は戸惑っていたミントだったが、ギデオンのその胸の内を理解して、


「ギデオン様、お気になさらないでください。あの時、セージ様と一緒にギデオン様の治療をしたことで、私も私自身を救うことができたんです。かつて、自分の父を救えなかった私自身を」

「ははっ、そう言ってくださると、蛇に噛まれた甲斐があるというものです」


 イセリアから渡されたハンカチで涙をぬぐい、ギデオンが笑顔を見せた。

 そして僕はシェルの相手をしていた。

 三歳児の相手――それだけ聞けば難しくない気もするが――


「セージさま、このもじこれであってる?」

「うん。水の意味のある言葉だね」


 シェルくん、三歳。

 いま、構築魔法の術式作りに夢中。

 といっても、いまは単語の勉強で術式はできていない。

 普通の文字はまだ書けないのに、魔法文字をだいぶ覚えてきた。

 というのも、このシェルくん――構築魔法のスキルを持っているのだ。

 イセリアは昔から魔法に強い憧れがあったから、家には魔法関係の本があった。

 彼女が構築魔法関係の本を読んでいたとき、シェルくんが術式を見て身体に違和感を覚えたそうだ。

 「ママー、変な感じがするー」みたいな感じで、体調に変化はなかったようだが、不安に思ったイセリアが育児の先輩であるエイラ母さんに相談したところ、構築魔法スキルを持っている子供の反応だと教わった。

 それからというもの、イセリアの英才教育が始まったそうだ。

 シェルくんも魔法の勉強は嫌ではないそうで、エイラ母さんが持っていたゼロの教科書を書き写して、それを教本代わりに勉強している。

 将来は優秀な魔術師になることだろう。


「セージ様、ミント様。これから昼食なのですが、ご一緒にいかがですか?」


 イセリアが尋ねた。

 そういえば、料理の買い物の帰りに僕と会ったんだったっけ?


「これからタイタンの店に行く予定だから、また今度お願いするよ」


 そんな予定はなかったのだが、ミントも何も否定しない。

 昼食前ギリギリに二人分の食事を追加で作るのは大変だと思ったのだろう。

 僕がそう言ったのはイセリアの料理はあんまり美味しくないからだけど。


「タイタンの店なら早めにいかないと座れないんじゃないですか?」

「そこは僕とタイタンの関係からして――」


 いや、待て。

 これが美少女ゲームだったとしよう。

 前世ではこの手のゲームをしたことのない僕だが、神から貰ったゲームの中にこの手のものが混ざっていたので、アウラと一緒に試しに遊んでみたことがある。

 美少女ゲームの場合、出てくる選択肢は以下の通りだ。


▶師弟関係の権威で裏口から入って、厨房内で食事する

▶行列ができていたら諦めて、市場で買い食い

▶行列ができていても、二人で並んで待つ


 普段の僕なら、厨房でこっそり食事を選ぶ。

 だが、いまはミントと二人でおでかけ。

 さすがに厨房内の食事はダメか。

 こんなことなら予約をしておくんだった。

 たぶん、リアルデートだったら、レストランの予約もできない男性ってことで、どの選択肢を選んでも好感度が下がる流れだ。

 しかし、ミントだったら――


「並んで食べるよ。二人で一緒なら列に並ぶのもデートだしね」

「はい。並んでいる間、セージ様とお話できますし楽しみです」


 好感度の上がる音が聞こえた。

 よし、正解だ。

 二人でいられたらそれでいい――ミントはそう思ってくれると信じていた。

 ……ミント相手だったらどれを選んでも好感度が上がった気がするけれど、たぶん気のせいだ。


「ちなみに、行列に並ばずに市場で買い食いって言ったらどう思った?」

「初めて王都で買い物にいったときのことを思い出して、それも嬉しいですね」

「タイタンとは師弟関係だから、関係者用の通用口からこっそり入ってそこで食事をするって言ったら?」

「子供の時、お父さんが料理をしている厨房で盗み食いをしたときのことを思い出して楽しいと思います」


 気のせいじゃなかった。

 というか、たぶん既にミントの好感度はMAX固定になっているんだと思う。


「何選んでもよかったのかな?」

「そんなことはありませんよ。もしも行列ができていても貴族だからと列に割り込んで優先的に座ろうとしたら、私は少し悲しいです」

「え……それは考えてなかった……子爵家の長男にそこまでの権力あるかな」

「ふふっ、それを考えないところがセージ様の素敵なところなんですよ」


 あれ? ゲーム脳になっているのだろうか? また好感度が上がる音が聞こえた気がする。

 好感度MAX固定じゃなくて、もしかして限界突破してるんじゃない?

 そんなことを思う昼前だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る