第232話 幸せな罠
まずはここにいる全員で現状の確認をする。
「現在の状況だとモリヤク男爵が挙兵して、エルフの森へと行軍を開始。裏ではムラヤク侯爵が手を引いていると思うけれど。でも、この情報も半日前のものでリアルタイムじゃないから、いまはどうなってるか?」
もしかしたら、両者が既に刃を交えているかもしれない。
そうなったら――
「いや、まだ大丈夫だ。リエラってハイエルフが皆を説得して止めている。ただ、時間の問題なのは確かだな」
そう言ったのは、いつの間にか現れたフォースだった。
「フォース、なんで知ってるの?」
「俺様は魔王だぜ? 魔王城から地上の様子を探るなんて普通にするだろ?」
「そうか。ゼロは地上に行けないけど、フォースなら魔王城まではいくことができるんだった」
千里眼のようなスキルを持っているってことか。
そして、現状は戦争は始まっていないが、かなり危ないと。
「リアーナ、リーゼロッテ。二人にはこれからエルフの森にいって、なんとしてでもエルフたちを止めて来てほしい」
「セージ様、私たちはここから出られないのでは?」
「禁止されているだけだよ。そもそも、この世界からジャガイモや花を持ち出して育てることに成功してるんだから、植物は育てられるってことでしょ? 試しにスライムを連れ出したこともあるけれど、それも問題なかった。ってことは、人間やエルフだって禁止されているけれど、連れ出せるはずだ。ゼロ、違う?」
「……はい。セージ様の仰る通り、この世界から連れ出すこと、そして、この世界にいたものを連れ戻すことはどちらも可能です。セージ様ができないのは、あちらの世界の人間をこの世界に連れてくることだけですので」
ゼロが少し困った風に答えた。
黒に近いグレーどころか、グレーに近い黒、もしくは真っ黒な抜け穴ってことだろう。
「セージ様! それなら私も――」
「ううん、リディアにはもう一つ別のお願いをしたいんだ。この戦争を止めるにはそれが一番大切だと思う。それと、エルダードワーフには提供してもらいたいものがあるんだ」
僕はそう言って、今回の計画の全容を伝えた。
ただし、この計画、一つ大きな問題がある。
僕の仕事が全くないのだ。
僕の得意分野は魔法くらいなものだが、それもリディアの下位互換だ。
結局、みんなに頼ることになるんだよな。
せめて、戦いが終わったら異世界通販本でお酒や食べ物を買って大宴会としよう。
▼ ▽ ~リエラ視点~ ▽ ▼
「セージ、すまない。これ以上は時間を掛けられない」
私はここにいない小さな友の名を告げ、謝罪した。
森の向こうから煙が上がっている。
人間たちが挑発しているのだろう。
これからお前らの大事にしている森を焼くぞと。
この森は、全てのエルフの故郷。
いまは私しか残っていない姉たちとともに過ごした特別な場所だ。
それを燃やさせるわけにはいかない。
「リエラ様。エルフの戦士520名。全員出陣の準備ができています」
「……わかった」
私は皆が集まっている場所へと向かった。
全員が剣を、槍を、杖を、弓矢を持ち、いつでも戦うための、森を守るための、人を殺すための武装をしている。
覚悟を決めた目で私を見ている。
ならば、私も覚悟を決めよう。
「仲間たちよ。私の先祖は皆、この森で生まれました。森は私たちの根源であり、私たちは森の一部であり、そして、森と私たちは共に生きる存在です。その森を、人間たちが攻めてきました。彼らは私たちに事実無根の罪をでっちあげ、悪とののしり、この神聖な森に土足で踏み込んで来たのです。私たちは彼らと戦わなければいけません。戦わなければ森は失われ、私たち自身も失われるからです。仲間たちよ、私たちは一つの民族である前に、この森そのもの、一つの生命です。団結し、立ち上がり、森を守りましょう! この戦いは私たちの未来を決めるものです。エルフの血を継ぐ者は、この森の守護者であることを愚かな人間たちに見せる時が来ました。皆よ、いまこそ立ち上がるのです!」
私のこの演説に、エルフたちが歓声をあげる。
もう後戻りはできない。
そう思ったとき。
突然、一番前にいたエルフの戦士がその場に倒れた。
そして、次、また次とそこにいたエルフの戦士が倒れていく中、私はようやくそれが魔法によるものだと気付いた。
なに? これ?
ありえない。
睡眠の魔法は確かに他人を眠らせる効果があるが、直ぐに効果が出るものでもなければ、興奮状態の人間を寝かせるのはさらに困難。
ましてや、ここにいるのは皆、魔法耐性の高いエルフたちだ。
そして、私もまた眠気に襲われる。
こんな魔法を使える人間がいるなんて、想定にない。こんな魔法が使えるといえば、ハイエルフの中でも一番の回復魔法の使い手であるあの人くらいなものだ。そして、彼女はもうこの世にいない。
気付いたとき、私は片膝をついていた。
いま、目を開けていられるのも奇跡に近い。
でも、このまま寝るわけには――
「大丈夫ですよ、リエラ。安心して寝なさい」
「あとは私たちがなんとかしますから」
その時、私は懐かしい声を聴いた気がした。
私が会いたいと何度願っても、二度と叶わないと思った姉たちの声だ。
「リアーナ……姉……様……ロッテ……姉様」
これが敵の罠だというのなら、相手はなんて卑怯な手段を使うのだろう。
でも、私はたとえそれが罠だとわかっていても、その声に甘えずにはいられなかった。
そして、私は意識を――
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