第248話 音のお手紙

 ミントはスローディッシュ領のみんなに歓迎された。

 ミントの魔道具の一部はこの町でも使われていて、それを作っていたのが彼女だということは前もって伝えていたから、その甲斐もあってか町の人たちからは恩人として敬われている。特にミントには日常に役立つものを作ってもらったからな。


「……いやぁ、ミント様の作った3Dプリンターのお陰で、農具の増産が楽になりましてね」

「私も、ミント様が開発した掃除機のおかげで部屋の掃除が楽になりました」

「私も、ミントお嬢様のお作りになられた泡立て器には助かっています」


 みんなに感謝され、


「ミント様にカンパーイ!」

「カンパーイ!」


 みんなに祝われている。

 ……あれ? 今日って僕の誕生日じゃなかったっけ?

 って思うくらいミントが中心になっていた。


「なぁ、セージ。貴族のお嬢様って凄いな。俺たちの村にいる女とは全く別物だ」

「お前、それラナ姉さんの前で言うなよ?」

「そういえば、ラナさんも貴族のお嬢様だったな」


 ハントが思い出したように言う。

 忘れてたのかよ――まぁ、今日の登場だと、貴族のお嬢様より、その護衛の女騎士だもんな。

 そして、ラナ姉さんもそう言われることを望んでいそうだし。


「お前、あのミント様と婚約してるのか……初めてお前に嫉妬しそうだよ」

「それ以外に羨ましいと思ったことないのか? 貴族の息子だとか、金持ちだとか?」

「貴族の家に生まれなかったことを後悔するのは母ちゃんに失礼だろ? それに、金はほとんどお前が自分で稼いだものだから、凄いとは思うが嫉妬したりしないって」


 ハントが当たり前のように言うが、そういう考えをさらっと言えるのは凄いところだよな。

 そんなハントに僕が嫉妬してしまいそうだ。

 その後、ロジェ父さんとエイラ母さんが遅れて登場した。

 バカ騒ぎしていた大人たちも少しは自制するようになった。

 そして、太陽が沈む前にケーキがやってきてみんなで食べた。

 日本で誕生日ケーキとして食べられるスポンジケーキではなく、パウンドケーキだがみんなには好評だった。

 そして、そのケーキをもって、僕の誕生日パーティはお開きとなり、太陽が沈むころにはみんな自分の家へと帰って行った。

 そして、ロジェ父さんとエイラ母さんはラナ姉さんを説教するために二人で席を外しているので、僕とミントは二人きり――正確には後ろにアメリアが控えているが、貴族にとっては二人きりという表現が使われる――になった。

 ミントがマジックポーチから小さな箱を取り出す


「改めて、セージ様。お誕生日おめでとうございます。これは私からの誕生日プレゼントです」

「ありがとう。開けてもいいかな?」

「はい。もちろんです」


 箱を開けると、中に入っていたのは魔道具だった。

 大きさからも予想できたけれど、これは一体何なのだろうか?

 オルゴール……じゃないよな?

 円盤には凹凸がない。どうやら蝋が塗られているようだ。


「セージ様、これはセージ様が考案なさった蓄音機というものを私なりに表現したものです」

「え? 蓄音機?」


 またとんでもないものを作ったな。


「よくできたね、そんな凄いもの」

「セージ様のおかげです。音というのは空気の振動で、その振動を記録して取り出す方法が思いつけば音を録音することができる。七年前にいただいた紙に書いていましたよね? 音を振動に変える方法を考えるのに五年間以上かかりました。音を取り出すのは一年でできましたが」


 なんでも、音を針の振動に与え、その振動を蝋の塗られた円盤に刻んだらしい。

 この構造はきっとオルゴールから思いついたのだろうが、しかしこれって、本当に蓄音機そのものだな。

 この一枚の円盤で約五分録音できるらしい。

 表面が蝋だから、刻んでる部分を溶かして均せば再利用できるというのはいいね。


「では、さっそくですが、お爺様とお婆様から音の手紙を預かっています。是非聞いてください」


 そう言って、ミントは波が刻まれている円盤を取り出した。

 それをオルゴールに円盤をセットするように取りつける。

 スイッチを入れた。

 円盤が回る。

 すると、


『ザザ、ザ……』


 とノイズが流れた。

 そして――


『……ザ……これは既に録音されているのか?』


 おぉ、メディス伯爵の声が聞こえてくる。


『はい、お爺様。どうぞセージ様にお祝いの言葉を』

『うむ。セージ、誕生日おめでとう。もう十二歳になるのか。立派な男子に育ったのであろう。たまには顔を出せ。アイリスが寂しがっておる』

『寂しがっているのはあなたでしょ。ラナちゃんも寮生活でほとんど帰ってこないものね』


 アイリスお婆ちゃんの声だ。

 相変わらず、若々しい声だな。


『セージちゃん。誕生日おめでとう。魔法学院は秋からの入学よね? その時に会えるの楽しみにしてるわ。それと、この前、庭の木に鳥が巣を作ってね――』

『アイリス、時間がない。つまらない話は後にせぬか』

『あら、大切な話よ。セージちゃんが秋から住む家の話なのよ?』

 

 相変わらず、仲が良いようだ。

 そうか、秋から向こうの魔法学院に通うんだよな。

 入学試験で不合格になってそのままこっちに帰って来られないかな?

 でも、ここで不合格になったら、ロジェ父さんや推薦してくれているメディス伯爵、それに婚約者のミントの顔に泥を塗ることになるのか。

 はぁ、僕はこのままこの町でスローライフを興じたいのにな。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る