第247話 ラナとミント

 ラナ姉さんとミントがやってきた。

 あまりの突然の出来事に、会場中が静まり返る。

 ラナ姉さんはまだいいが、伯爵家のお嬢様だ。

 驚くのも無理はない。

 ミントに会うのは数年ぶりだけど、だんだんと綺麗になってきたな。

 この年齢だと、もう男装するのは無理があるだろう。


「やっと来ることができました」

「ずっと来れなかったものね」


 ミントはずっとスローディッシュ領に来たいと言っていたのだが、様々な理由があって来ることができなかった。


「セージ……その子は誰なん……誰なのでしょうか?」


 僕以外の貴族相手には敬語を使うようにと以前に言ったことを覚えていたのだろうか、ハントが丁寧な口調で尋ねる。それだと僕に対して敬語を使っているkとおになるが、いまのハントなら器用に使い分けできないだろうから、そのままでいてもらおう。


「彼女はミント・メディス。メディス伯爵家の令嬢で、僕の婚約者だよ。ミント、こいつはハント。あっちの姉弟がアムとテルだよ」

「はじめまして、セージ様の婚約者のミントと申します。セージ様の仰る通り伯爵家の娘ですが、元々は分家の平民の出ですので普通に接していただけると嬉しいです」

「は、はじめまして。ハントとおっしゃる……です。セージとは……セージ様とはご友人をなさっております」


 緊張しているのか使い慣れていないのか敬語が滅茶苦茶過ぎる。


「お初にお目にかかります。セージ様の従者ウィルの息子、テルと申します」

「私はアムだよ。よろしくね。ミント様の噂はセージくんから聞いてるよ。自分にはもったいないくらい素敵な婚約者だってね」


 テルはいつも通り礼儀正しく、そしてアムは距離感が最初から近いな。

 そして、アムは案の定馬車に興味を示したらしく、自ら「じゃあ、この馬車は私が厩まで案内してくるよ」といって、御者さんを案内しに行ってくれた。


「でも、驚いたな、ミントが来るなんて聞いてなかったから」

「え? ラナお義姉様が手紙で書いたから心配ないと仰っていましたが」

「手紙って、『今度帰る』しか書いてなかったけど?」


 僕がジト目でラナ姉さんを見ると、ラナ姉さんは悪びれる様子もなく言う。

 ラナ姉さんも美人になってる。たぶん見た目だけだったらモデルにもスカウトされるレベルだと思う。

 十四歳くらいになると、少しは肌の悩みとか出てくる年ごろだろうに、その顔にはシミひとつない。

 なんであだけ外にいて日焼け止めクリームも塗っていないのに……不思議だ。

 ただ、手紙からもわかるようにガサツな性格は改善されていないようだ。


「今度のセージの誕生日にミントと一緒に帰るって意味よ。そのくらいわかりなさいよ」

「わからないよ!」


 サイコメトラーでもわからないと思う。

 

「まさか王都から御者さんと三人で来たの?」

「バズ商会の護衛達も一緒だったわ。実力的には私一人でも大丈夫だと思うけど、さすがに私たち二人で行かせてくれないわよ」


 そりゃそうだよね。

 ラナ姉さんならまだしも、ミントには護衛は必要だろう。

 メイドのキルケも一緒だったみたいだが、気分が悪くなって町の入り口で下ろしたらしい。

 少し休んでから歩いてくるそうだ。


「これ、お爺様からセージにって預かってるわ」

「僕に?」


 木箱を開けると、中には装飾の施されたペーパーナイフが入っていた。

 高そうだけど、実用的でもある日用品だ。

 さすがメディス伯爵――良いセンスをしている。


「では、セージ様。もう少しお話したいのですが、先にお義父様とお義母様に挨拶してきますので」


 ミントが名残惜しそうに言った。


「僕も行くよ。ラナ姉さんもご飯の前にロジェ父さんとエイラ母さんに挨拶してきなよ」

「ちょっと食べたら行くわ。私の勘だと説教されることになると思うのよね」


 どうやら、僕の反応で手紙が失敗だったと悟ったらしいラナ姉さんは、怒られる覚悟を決め、その前に食事を済ませることにしたらしい。

 なるほど、ラナ姉さんは王都でしっかりと成長しているようだ。

 屋敷の方に向かうと、アメリアが連絡したらしく、ロジェ父さんとエイラ母さんはエントランスで待っていた。


「ミント嬢。出迎えもできずに失礼しました」

「いえ、どうも私の連絡に不手際があったようで」

「それも含めてこちらの責任よ。セージ、ラナはどうしたの?」

「怒られるのがわかったから、ご馳走食べてから来るって」


 僕が正直に言うと、エイラ母さんは大きくため息をついた。

 どうやら、ラナ姉さんの説教時間の延長が決まったようだ。


「改めまして、エイラ様。お初にお目にかかります。ミント・メディスと申します」

「ええ、歓迎するわ。エイラ・スローディッシュよ。イザベラとセージからあなたのことはとてもよく聞いてるわ。それに、あなたの作った魔道具はとても素敵よ。特に冷蔵庫はいいわね。とても重宝しているわ」

「いえ、あれはセージ様が考えられたものです。これまでも冷蔵庫はありましたが、氷属性を使った冷蔵庫は魔力の消費が激しくコスト的に問題のあるものでした。しかし、セージ様は氷属性の物を使うのではなく、圧力と膨張、そして気化による熱を奪う仕組みにより冷蔵庫を生み出しました。あれはまさに画期的です」

「ううん、アイデアはあっても、それを現実にできるのはミントの努力があってこそだよ」


 謙遜でもなんでもない。

 僕は知っている冷蔵庫の知識を適当に言っただけで、それを独自に解釈し、魔道具という形に昇華させたのは間違いなくミントの力だと心から思う。

 なのに、特許料の半分は僕のものになっているのだから、本当にミントに申し訳ない。

 でも、放っておけば全部僕に渡しそうになるんだよな。


「それで、イザベラは元気にしているのかしら?」

「はい。いまは伯爵領の方に戻っていますが体調は良いと伺っています。本当はイザベラお母様も来たかったと申していたのですが」

「仕方ないわよ」


 イザベラというのはミントの養母であり、エイラ母さんとは親友関係らしい。

 王都でもあったことがあるが、とても優しそうな人だ。

 妊娠がわかったと数カ月前のミントからの手紙に書いてあった。

 イザベラ様には既に息子がいるので、実子は二人目となる。


「そうだ! 二人で今度生まれてくる子供向けの魔道具を考えてみようか!」

「素敵です! さすがはセージ様!」


 ミントが手を合わせて喜んでくれた。

 さて、赤ちゃん向けの魔道具か。

 どんなのがいいかな?


「セージ、ミント嬢。今日は誕生日パーティでみんな集まってくれているからね。そういう話し合いは終わってからにしてくれるかい?」


 確かに僕が主役のパーティで、ミントと二人でずっと話をしているわけにはいかないか。

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