第206話 3Dプリンターと人形ハウス

 ミントが僕に送ってきた魔道具は3Dプリンターだった。

 正確には、3Dコピー機だ。

 土操作の魔法を覚えたとき、もしかしたらできるかなーと思って、適当に考えて書いて送ったんだけど。

 

「スリーディープリンター? ってなんだい?」

「物体の複製品を作り出す装置だよ。実際に使ってみるね」


 僕はそう言って、何かいいものがないか考える。

 ちょうど、テーブルの上にマグカップがあったので、それを使うことにした。


「ロジェ父さん、このマグカップ借りるね」


 大きな直方体の箱の蓋を開けると、二つに分かれていて、一方には砂が敷き詰められていた。

 何も入っていない方にマグカップを置いて蓋を閉める。

 そして、魔道具を作動させた。

 ゆっくり砂が動き出すが、ここからだと何が起こっているかわからない。砂の中でマグカップが作られているのだろう。

 説明書によると小さなものでもかなりの時間がかかるって書いてあったからな。

 時間がかかりそうだと伝えると、ロジェ父さんはその間仕事をしてくると言った。

 約三十分後――砂の動きが止まった。

 手を砂の中に突っ込むと、硬い何かがある。

 それを持ち上げるとマグカップが現れた。

 中にも砂がいっぱい入っているけど、全部落とす。

 うん、感触もやっぱり違うな。 


「完成したよ、ロジェ父さん。エイラ母さんも来たんだ」

「ええ、面白そうな魔道具ができたって聞いてね。これがその魔道具で作ったマグカップ? 本当に見た目そっくりね。色は全然違うけど」

「まぁ、砂だからね」


 エイラ母さんはできたばかりのマグカップを見て、触って、指で叩いて確かめた後、魔道具の中に入っている砂を手で掬って、指の間から落としてみる。

 この砂はただの砂で、特別なものではない。


「どういう仕組みなの?」

「仕組みは結構単純だよ? 土操作の魔法の応用。砂を支配下において結合させて複製品を作ってるんだ。エイラ母さんが煉瓦を作ったみたいにね」

「待ちなさい。土操作はそんな単純な魔法じゃないわよ? 土操作で煉瓦を作るのだって、まずは土の支配から始める。これだけなら魔道具でも可能かもしれないわ。でも、支配した後、魔力の流れを操る必要が出てくる。セージだって、思った通りのものを生み出すの大変だったでしょ? ましてや、物を考えられない魔道具が、見たものを複製するだなんて――」

「これには二つの魔石が組み込まれているんだ。エイラ母さん、スカイスライムを空気を支配して操ってたよね? それと同じように、この物を置く側の方には空気を支配する魔石が組み込まれているんだよ」

「空気を支配……あぁ、そういうこと」


 エイラ母さんはもう気付いたのか。

 僕はミントから送られてきた術式を見るまでわからなかったというのに。


「エイラ、わかったのかい?」

「ええ。セージは物を置く側の空気を支配下に置くの。当然、魔力が全体に満ちるわけだけど――魔力が入らない場所ができる。それが複製元となる場所ね」


 土操作で地面を調べたとき、僕はゴブリンの骨を支配できず、その形状を把握できた。

 あの時、この形状を情報として処理できるのなら、3Dプリンターができるんじゃないか? と思ったわけだ。

 土を操っていたから、土じゃない骨の形がわかった。

 つまり、空気を操れば、空気以外のもの――物質の形状を把握できる。

 これが魔法を使った3Dスキャナの理論だ。 

 問題は、それを情報としてどのように処理するかだった。

 魔力の形状を記憶できても、その形状を情報としてもう一つの魔道具に送る手段がなかったのだ。

 それに、仮に送ることができたとしても、魔力で支配できている場所の砂はそのままで、支配できていない場所の砂を結合させるという、本来の逆の状況になってしまう。

 その部分は結局どうすればいいかわからないまま、ミントに送ったんだ。

 結果、ミントが考え出したのは、情報を魔石に送らないことだった。

 ミントは空気を支配し、形を作った魔力を、そのまま砂の入っている箱に移した。

 結果、箱の中には、空気を支配するために生み出された魔力と、砂を支配するために生み出された魔力、その二つが入ることになる。

 二つの魔法が同時に展開したらどうなるか?

 答えは簡単、強い方の魔法が勝つ。

 そこで、ミントは空気を支配する魔石の放出魔力を、砂を支配する魔石の放出魔力より強めに設定した。

 結果、空気を支配する魔力が流れている部分では砂の支配ができなくなる。

 空気が支配できなかった場所――複製元となる物質のある場所だけは砂を支配することができ、その部分だけ結合させることができるわけだ。

 3Dプリンターは情報を送ってその情報通りに物を作っていくという先入観があったせいで、ミントのような、情報の無い場所の砂を固めるという柔軟な発想ができなかった。

 

「ごめん、僕には半分も理解できないや。でも、これがあれば日用品が簡単に作れそうだね」

「これの本来の使い方は単純な構造のものを作ることがないんだ。一番わかりやすいのは、オルゴールだね」

「オルゴール? って、セージの作った音の出る魔道具?」

「砂の部分を砂鉄にして、片方に完成しているオルゴールの円盤を入れたら、その円盤の複製品が簡単にできちゃうんだ」

「普通なら職人がかなりの時間かけて作らないといけないような複雑だったり細かかったりするものを作るのね」


 コンピュータからデータを出力して作成するものではないので、用途は限られているが、それでも面白い。

 ミントにお礼をしないといけないな。

 そうだ!


 僕は早速、それを作ってみることにした。


 外に出て土操作を使用。

 土を操り小さな家を作る。ただし、半分に開く感じで。

 さらに、その家に住む動物の人形を作った。

 そう、人形ハウスシ〇バニアファミリーだ。

 このままでも強度は十分だけど、土の質感は残っている。

 砂で作ったら石のようになるので、そっちの方がいいから、これを3Dプリンターで複製。

 家の中に入れた状態で複製したところ、人形が家にくっついてしまって失敗したので、もう一個作る羽目になった。

 一応、これで完成なのだが、このままでは味気ないので、カリンのところに持っていき、着色をお願いした。

 カリンは快く引き受けてくれた。

 無料でもいいって言ってくれたけど、結構な手間だし、絶対に代金を受け取ってほしいと言ったら、代わりに同じものが欲しいといったので、もう一個複製して渡すのに加え、銀貨三枚で引き受けてもらった。

 翌日。カリンの分の人形ハウスを持っていくと、すでに着色は終わっていた。


「セージさん、こんなのでどうですか?」


 完成した家は、僕が予想していた以上にかわいらしい色だった。

 仮に僕が着色していたら、もっと現実感しかないありふれた家と人形になっていた。

 どちらが女の子へのプレゼントに相応しいかは明白な程に。


「うわ、凄いよ。僕の想像以上だ。さすがカリンだね」

「セージさんが考えた家がとてもかわいかったからかわいい色が思い浮かんだんです。でも、セージさんが人形好きとは思いませんでした」

「ははは、僕のじゃないよ。女の子にプレゼント。カリンには話したことあったよね? 婚約者のミントって子にプレゼントするんだよ」

「あ……ごめんなさい、私ったら」

「いいよ、気にしてないから。はい、これカリンの分ね」

「ありがとうございます。大事にします」


 そう言ってカリンは笑顔で言ったが、少し寂しそうにも見えた。 

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