第38話 揚げればトンカツ

「芋を揚げるのはわかるが、トンカツってなんだ?」


 タイタンが尋ねるが、それは説明するのが面倒なので、できあがったのを食べての説明にしてもらおう。


「タイタン、まずはパン粉を作るから手伝ってくれる?」

「パンコ? パンか?」

「うん、そのパンを細かくする。粗い粉にする感じ……」


 あ、そういえば、ここってミキサーがないんだ。

 手で粉々にするのは手間がかかるな。

 あ、そうだ。

 僕は客が使うテーブルで寛いでいるみんなのところに言った。


「エイラ母さん!」

「どうしたの? もうできたの?」

「まだだよ。母さんって、物を凍らせる魔法とか使える?」

「氷結魔法ね。使えるわ」


 よかった。

 前に、ゼロが雛形の魔法なら氷を出すことができるって言っていたから、物を凍らせることをできる魔法もあるって思ってたんだよね。


「じゃあ、このパンを凍らせてもらってもいいかな?」

「パンを凍らせるの?」


 エイラ母さんが怪訝そうな顔を浮かべる。

 うん、パンを凍らせるって変な感じだよね?


「凍ったパンって美味しいの?」

「ううん、違うよ、ラナ姉さん。トンカツを作るのに必要なことなんだ。エイラ母さん、頼むよ」

「わからないけど、凍らせればいいのね」


 僕がラナ姉さんに説明すると、エイラ母さんはパンを手に持ち、一瞬でパンをカチカチに凍らせた。

 うん、これでいい。

 凍ったパンを持って、僕は厨房に戻る。


「ただいま! パンを細かくするのがめんどくさいから、エイラ母さんに凍らせてもらってきた。タイタンは、これを摩り下ろして。それだけでパン粉ができあがるから」

「師匠、魔法を凄いことに使うな」

「便利なものは、親でも魔法でも使わなきゃ」


 成長チートは好きじゃないが、料理は時間との勝負。節約できる時間は節約するに限る。

 そして、タイタンがパン粉を作っている間に、僕はオーク肉をちょうどいい厚さに切ろうとして――


「師匠、子供が包丁を扱うのは危険だ。俺がやるから代われ」


 と言われたので、凍ったパンを摩り下ろしながら、指示をする。

 部位はロースに該当する部分。

 厚さは4mm程度にしてもらった。分厚いトンカツも美味しいけれど、初めてだし、火が通りやすいほうがいいだろう。分厚いものだと一度ソテーしないといけなくなるしね。

 それに、薄ければ少ない油でもしっかり揚げることができる。

 イメージとしては、トンカツというよりカツレツだ。


「じゃあ、豚肉を叩いて伸ばして、塩を振ってね!」

「叩いて伸ばす?」

「うん、棒を使って、こんな感じで」


 まな板の上に置いた肉を、パン生地を伸ばすために使う麺棒で叩いてみせる。

 こうすることで、肉の繊維が壊れて柔らかくなり、中の水分が抜けてジューシーになる。

 その後、小麦粉、卵、そして僕が作ったパン粉で下拵えは完了。

 油を熱する。


 ここからは、子供が油を使うのは危険なので全部タイタンに任せる。


 まずはジャガイモを揚げる。

 小芋なので、わざわざ切らなくても中まで熱がよく通る。


「なぁ、皮を剥かなくていいのか?」

「皮を剥くなんてとんでもない! むしろ、この皮がいいアクセントになるんだよ!」


 良い感じにパリっといい感じに揚がった

 塩を振って、ジャガイモの素揚げの完成だ。


「じゃあ、食べてみようか」

「領主様に先に食べてもらわなくていいのか?」

「僕たちは料理人だよ? まず、味見をして本当に美味しくできているのか確認するのは義務だよ!」

「なるほど、道理だ」


 僕とタイタンは不敵な笑みを浮かべて食べる。

 うんまーいっ!

 なんだこれ、ファーストフード店のフライドポテトも嫌いじゃないけど、これは全然違う。

 これはいい芋だ。

 僕が美味しそうに食べているのを


「熱っ! だが、うまいなっ! なるほど、皮が必要だって言ったのがよくわかる」


 ほふほふと息を吸ったり吐いたりしながら、ジャガイモの素揚げを満喫していると、食べ物の気配につられたのかラナ姉さんが厨房に入ってきた。


「ねぇ、セージ、まだできない――って何食べてるのよ」

「味見だよ。はい、姉さん。芋が揚がったから持って行ってよ」

「マヨネーズは? 私の勘だと、絶対にこれと合うと思うのよね」


 マヨラーのラナ姉さんがマヨネーズの催促をする。

 


「食べたこともない人の勘なんて当てにならないよ。つけなくても美味しいから」


 食べたことがないのに、勘でそんなことを言わないでほしい。

 むしろ、ケチャップの方が合うと思うよ。

 ……実際のところ、日本以外だと、フライドポテトにマヨネーズは普通らしいけどね。

 マヨラーの勘は恐ろしい。


 ラナ姉さんがジャガイモの素揚げを持って、食堂に戻る。

 僕たちは、いよいよメインのトンカツの準備だ。

 肉は薄めにしているので直ぐに揚がると思うが、胡椒を使っていないのでどうなるか少し心配だ。


「よし、揚がったぞ! これも塩を振って食べるのか?」

「そうだね。このままだと食べにくいから、包丁で切ってよ」


 タイタンが、煮沸消毒を済ませた包丁でトンカツを一口サイズに切っていく。

 まぁ、おしゃれなトンカツ屋は岩塩でトンカツを食べているし、問題ないだろう。


「なんだこれっ! 普通に食べるより何倍もうまいじゃねぇか! パンコがザクザクしてて、中の肉もジューシーでよー!」

「あ、うん、そうだね」


 うーん、オークの肉は豚肉に似ている。だから、美味しい。

 美味しいからこそ……トンカツソースが欲しい。

 あぁ、なんでトンカツソースがないんだよ。

 それが無理なら、カツ丼だろ……って、醤油も米もない。


 いっそのこと、異世界通販本で……って、これまでポイントの節約を頑張ってるのに、なに流されそうになっているんだ。


「師匠、どうしたんだ?」

「……これ、父さんのところに持っていって。僕は少し油酔いしたから、風にあたりながら外で食べてくるよ」


 そう言って、できたばかりのトンカツを皿に載せて裏口から外に出た。


「美味しいっ! これ、絶対マヨネーズと合うわよ!」

「本当ね。でも、ちょっと胸焼けがするわ。野菜と一緒に食べたほうがいいんじゃないかしら?」

「僕はこのくらい問題ないけど……オークの揚げ物か……またオークを捜しにいこうかな」


 食堂から声が聞こえてくる。エイラ母さんにトンカツを振舞うときはキャベツも用意しないといけないな――と思いながら、僕は自分用のトンカツを持って、修行空間に行った。


「ゼロ! これでカツサンド作って!」

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