第39話 ウインドカッター
修行空間での次回からのゴブリン狩りは、いよいよ魔法での戦いを導入することにした。
雛形を使った魔法でゴブリン狩りに便利な魔法はあるのかと、ロジェ父さんとラナ姉さんが森に狩りに行ってるとき、部屋で本を読んでいるエイラ母さんに尋ねた。
「一番楽なのは毒魔法ね」
エイラ母さんは即答だった。
「ゴブリンの巣って、洞窟とかにあるのよ。だから、魔力を毒に変えて流し込めば、一網打尽できるわ」
なるほど、蟻の巣に水を流すようなものか。
ゴブリンの洞窟に水を流すには、どれだけ魔力があっても足りないが、毒なら僅かな濃度でも洞窟の中に浸透させれば、たしかにゴブリンを一網打尽にすることはできるだろう。
もっとも効率のいい殺し方だ
「なるほど――じゃあ、僕にその毒の魔法を――」
「そうね。なら、テストをしましょう」
テスト?
また文字の練習をするのだろうか?
「セージがゴブリンの巣に毒を流すとき、注意すべきことを全部言いなさい」
「注意すべきこと……まず、入り口にどれだけゴブリンがいるか? 毒といっても、致死性の毒じゃないのなら、入り口付近にいるゴブリンは直ぐに死なずに襲って来るから、その警戒が必要。あと、洞窟の奥が袋小路になっているのなら、風の流れは非常に悪いから、どうしても奥の方にいるゴブリンまで毒が行き届かない可能性があるかな? んー、あとは、毒に耐性のある変異種がいるかもしれないから気を付ける。あと、土壌汚染も心配だよね? 他に、一番気を付けないといけないのは、洞窟の中から風が吹き出してくる場合、魔法を使った僕が逆に毒を浴びる可能性があるから、風の向きにも気を付ける。でどうかな?」
「よくもまぁ、一度聞いただけで、それだけペラペラと出てくるわね」
エイラ母さんがため息をついて、僕に合否の判定を下す。
「ダメよ、そんな考えの子に、毒の魔法は覚えさせられないわ」
「なんでっ!?」
「なんでって、セージ。あなたは、まず、洞窟に他の人間が入っていないかどうかの確認を怠ったからよ。洞窟の中に、ゴブリンを狩りにきていた冒険者がいたら? あなたの毒の魔法で中にいる人も死なせてしまったかもしれないのよ」
うっ、確かに言われたらその通りだ。
僕は修行空間で使うことを前提にしていたので、他に人がいないことを理解しているから、中に誰かがいるなんて考えもしなかった。
だが、その言い訳は、修行空間のことを知らないエイラ母さんには通用しない。
「どのみち、正解しても、あなたが成人するまでは毒の魔法は教えられなかったけどね。火の魔法と毒の魔法の未成年の使用は法律で禁止されているの」
「そうだったんだ」
まぁ、火魔法を教えるのって、火炎放射器を持たせるようなものだもんね。
「だったら、僕でも覚えられるゴブリン退治に使える魔法ってなにかある?」
「そうね、一番使いやすいのは風魔法ね。ウインドカッターを模した魔法なら、セージでも使えるわよ」
ウインドカッターとは、風の刃を飛ばす魔法だ。日本語で言うなら、かまいたちといったところだろう。
火炎放射器を持つのはダメでも、刀を持つのはいいらしい。
被害の規模の問題だろうか?
下手に疑問を持って、やっぱり教えないと言われたらダメなので、黙っておくことにした。
「教えてあげるけど、ただし、人が多い場所や近くに建物がある場所で使ったらダメよ。私がいないときは、平原にいるスライム相手に向かって練習しなさい」
「母さんがいるときは使っていいの?」
「ええ、失敗しそうになったら打ち消してあげるから。じゃあ、これを覚えなさい」
エイラ母さんが一枚の紙を僕に渡す。
風魔法で刃を生み出す魔法――うん、ウィンドカッターだ。
消費魔力は、以前使った水魔法より多い。
「うん、理解できた。覚えたよ」
「本当に、セージは魔法の理解が早いわね。そこまで理解できるからって、私に許可なく魔法を覚えたらダメよ」
「わかったよ」
即答するが、この約束は多分守らないだろうなと思う。
というか、すでに水を生み出すだけの魔法を覚えているし。
エイラ母さんと外に向かう。
前に、水魔法の練習に使った的がそのままになっていたので、それに向かって風魔法を使うことにした。
手を前に出す。
「セージ、魔法を使うときは、『ウインドカッター』と唱えなさい」
「え? なんで? 構築魔法に詠唱は必要ないよね?」
「ええ、そうよ。だからこそ、使うのよ」
どういうことだ?
そんなことしたって、得はないように思えるが。
いや、それは一般的な考え方。
母さんが言うのなら、意味がある――意味がないのに意味がある。
「そうか、普通には意味がない詠唱をわざわざ詠唱することで、周りの人に構築魔法の使い手だってバレないんだ。だから、戦いの最中にここぞというときに無詠唱で魔法を使えば、相手の不意を突くことができるんだ!」
「はぁ……正解よ。本当にセージは教え甲斐があるようで、全然教え甲斐ないわね」
エイラ母さんのその言葉は、誉め言葉として受け取っておこう。
「魔物狩りをするときは、ラナと一緒に行動するんでしょ?」
わかった、いざというときに不意をついてラナ姉さんが避けられるか試すんだね?
と反射的に答えそうになったが、そんなことしてもラナ姉さんなら余裕で避けそうだし、逆に反撃で切り伏せられそうだ。
「無詠唱魔法はパーティで連携を取るときに不向きだから連携を意識して魔法名を唱えなさいってことよ」
「なるほど、そっちか」
「どっちだと思ったの?」
「…………」
僕は黙秘を貫き、さっそく的に向かって練習をした。
水魔法と違い、重力の影響は受けにくいだろうから、魔力が出る方向だけ注意して放つ。
「ウィンドカッター!」
僕の魔法が母さんの作った岩に向かって飛んでいき――消えた。
「あれ? 間違えた?」
「成功よ。私の作った岩魔法が硬すぎて当たっても全く変化がないだけね」
……だから、エイラ母さん。
あんまり凄い魔法を使い過ぎると、僕の魔法が本当に霞んじゃうんだってさ。
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