第13話 二つの特産品

 ジャガイモの花が咲いていたので、ジャガイモを傷つけないように土ごと掘り返し、袋に入れて持って帰った。

 姉さんはもっとスライム狩りをしたかったみたいだけど、以前、うちが貧乏だって話を凄く気にしていたので、「これが本物のジャガイモだったら、うちの領地にも特産品ができるよ」って教えてあげたら、興奮して掘り出すのを手伝ってくれた。

 なんでわざわざ掘り出すのかというと、この状態のジャガイモを父さんと母さんが見たら、誰かがジャガイモをわざわざ植えたことに気付きかねないからだ。

 その誰かというのは、もちろん僕である。

 修行空間で長い時間スライムを狩ったおかげで、本来花が咲くまで2カ月以上かかるはずのジャガイモが、一週間足らずで咲いたのだ。僕の体感時間では本当に2カ月以上経過しているから、なんら不思議なことではないんだけど。

 ジャガイモの種イモは二つに切って植えたので、そのうちの一株をこうしてこちらの世界に持って帰った。


 姉さんと運んだジャガイモは庭の隅、家庭菜園から離れた場所に植え直した。


「凄いわ! 本で見た通りの花ね!」


 ゼロが執筆したジャガイモの本の中には、ジャガイモの花や実の挿絵も入っているので、熱心な読者のエイラ母さんは直ぐにジャガイモの花だと認めてくれた。


「エイラ、本当かい?」

「ええ、間違いないわ。よく見つかったわね」

「ラナ姉さんの観察眼のお陰だよ! ラナ姉さん、このあたりの植物の色や形をほとんど覚えていて、このあたりにはない花だってすぐに気付いたんだ」


 僕はすかさず姉さんに手柄を丸投げした。

 僕がこっそり植えたと気付かれる確率を少しでも減らすためだ。


「偉いわ、ラナ!」

「うん。でも、なんの花か知らなかった。ジャガイモの花だって気付いたのはセージなの」


 え?

 てっきり、自慢げに手柄を独り占めするかと思いきや、姉さんにしては殊勝なことを言い出した。


「偉いわ、二人とも」


 そう言ってエイラ母さんが僕たちの頭を撫でて褒めてくれた。


「ジャガイモはどのくらいで収穫できるんだい?」

「花が枯れてから二週間くらいって書いてあったわ。葉っぱの下の方が黄色くなったら、午前中に掘り起こすそうよ」


 父さんの質問に母さんが答えた。

 ジャガイモは午前中に収穫して、半日ほど天日干しをすることで中の水分を乾燥させ、保存性をあげる。

 太陽に当てすぎると緑化してしまい、毒の成分が出てしまうが、半日程度なら問題ない。


「って、本に書いてあったわ。あと、ジャガイモの芽も毒だから芽が生えたジャガイモは食べたらダメみたいなの」

「それ、本当に旅行記なの? 専門書の間違いじゃない?」

「あんなにおもしろい専門書があるわけないわ」


 おもしろい専門書が存在しないというのは、エイラ母さんの個人的な見解です――と誰に言うでもない言い訳を述べておく。

 

「ところで、セージ。レベルが上がったんじゃない?」

「え? わかるの?」

「うん、息遣いで大体わかるよ」


 そんなバカな!?

 足遣いでレベルの違いがわかるラナ姉さんのさらに上を行くだって?

 もしかして、僕がレベル2に上がったときも、父さんは気付いていたんじゃないだろうか?


「そろそろレベルが上がるだろうなって相手の些細な違いで判断する方法だから、確実にわかるわけじゃないけどね」

「そうなんだ」


 違和感を見抜くってわけで、精度十割の方法ではないらしい。

 少し安心した。


「それと、父さん! 私とセージ、面白い発見をしたの!」

「面白い発見?」

「これ!」


 姉さんが大きな袋を父さんに渡す。

 父さんは不思議そうにその袋を受け取り、中を見た。

 中に入っていたのは――


「これ、スライムかい?」

「うん! これも私が見つけたの!」

「ピンク色のスライムなんて初めて見たよ。変異種なのかな?」

「特定の花を好んで食べるスライムは色が変わることがあるって書いてあったけど、その一種かしら?」


 さすがエイラ母さん。

 僕が本を読んで得た知識はもちろんその本の持ち主の母さんも知っているようだ。


「僕も倉庫にあった本で読んだことがあるけど、このスライムが好む花って、僕がこの前摘んできて姉さんにプレゼントした花だって最近わかったんだ。だいたい三本花を食べたらこの色に変わるんだって。それで、このスライムって強さは全然変わらないのに、経験値が三倍あるらしいんだよ」

「――っ!?」


 その意味を父さんは直ぐに気付いた。

 スライムは僕たちにとっては経験値の糧であると同時に、この村の大事な交易品の一つだ。

 王都には魔物がいないため、王都の貴族や金持ちがレベルを上げるには、地方から送られてきたスライムを買い付けて倒す必要がある。

 しかし、それは結構手間だったりする。

 それが経験値三倍のスライムだったら、手間も三分の一で済む。

 当然、そんなスライム、高く売れるに決まってる。

 しかも、運ぶコストは普通のスライムと変わらないときた。


「セージ、その花は――」

「僕が見つけた花畑の花は枯れてた。たぶん、このスライムは枯れる前に花を食べたんだと思う。でも――」


 僕はそう言って、袋からそれを取り出す。


「これ、その花畑で見つけてきた花の種! 花の育て方も本に書いてあったから、ジャガイモに加えて、村のもう一つの特産品になるんじゃないかな?」


 本当はアウラに分けてもらった花の種を自慢げに見せると、母さんが興奮するように僕の両肩を掴んで尋ねた。


「セージ、それってゼロ先生が書いた本よね? そうよね!?」

「う、うん、そうだよ。ゼロ先生の旅行記」

「倉庫に他にもゼロ先生の本があるの? あるなら読ませて」

「ないよ。二冊しかなかったから」


 母さんは肩を落としたが、直ぐに気を取り直し、ゼロの本が置いてある僕の部屋に向かった。

 まさか、エイラ母さんがそこまでゼロの本に嵌ってしまうとは思わなかった。

 もしもゼロが人気作家で何十冊も本を出していたら、母さん、きっと沼にはまっていたな。

 ゼロがこちらの世界の作家じゃなくてよかった。

 ……いや、そこまで面白いのなら、ゼロの本をこの世界の出版社(あるか知らないけど)に持っていったら、もしかしたら大儲けできるんじゃないだろうか?

 そうでなくても、旅行記でこの村のいいところをいっぱい書いて出してもらえば、聖地巡礼の観光客が訪れるんじゃないかな?

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