第55話 スライムポンチョ

 夕食後。

 乾燥させた巨大スライム布を、僕が用意した型紙を使ってエイラ母さんが裁断した。

 そして、前には穴を開けて紐を通す。

 レインコートというよりは、ポンチョみたいな感じになったが、試作品ならこれで十分だろう。

 試しにロジェ父さんが試着をすることになった。


「父さん、どうかな?」

「うん、これはいいよ、セージ。スライム布は半透明だから、深くフードを被っても前が見えるのがいいね。まだ試作品だから着心地は微妙だけど、軽いし獣皮の外套に比べれば伸縮性もあるからこれは売れるんじゃないかな?」

「本当によくもまぁ、次から次に思いつくわね。それに、誰も知らなかったスライムが巨大化する仕組みを解明しちゃうなんて」

「偶然の産物だし、気付いたのはラナ姉さんだけどね」


 エイラ母さんが感心するように言ったので、すかさず手柄をラナ姉さんに譲った。

 エイラ母さんは「よく気付いたわね、ラナ」とラナ姉さんの頭を撫でる。

 悪目立ちが嫌というよりも、ラナ姉さんが褒められると機嫌がよくなるから、僕のせいでエイラ母さんに説教を受けてしまった憤りを少しでも解消できるのではないかという狙いだ。


「最近は次から次に新しいものができるね。それと、セージに一つ報告がある。さっきバズから手紙が届いたんだけど、スカイスライム揚げ大会に、他領の貴族が来ることになったんだ」

「貴族がっ!? え? どんな人?」

「マッシュ子爵とウルノ男爵。どちらも気さくな人だよ」

「でも、なんで僕に報告なの? ラナ姉さんもいるのに」

「その二人をもてなすために、わらび餅と芋料理を振舞おうと思ってね。セージからタイタンに言っておいてもらえるかな?」

「片栗粉はまだ(異世界通販で購入すれば)あるけど、ジャガイモはまだ残ってるの? 前に収穫した分は種芋にして村の人たちと協力して、いろんな場所に植えたよね?」

「それが、村の外でジャガイモの群生地が見つかってね。持ってきてくれたんだよ」


 修行空間で育てて増やしたジャガイモを再度植え直して放っておいたんだけど、無事に見つけてもらえたようだ。

 どうやら、僕が埋めたことは気付いていないらしい。


「わかった。じゃあ、ポテトサラダとフライドポテトを作るね」


 ポテトサラダという言葉に、ラナ姉さんがピクんと反応した。


「あと、トンカツも頼むよ。またオークを狩ってくるからね」


 ロジェ父さんはトンカツがお気に入りだ。

 あれから、暇な時間があればオークがいると報告のあがったところに行き、一人で狩って帰ってくる。トンカツソースを作ってあげたい。

 しかし、ゼロにトンカツソースの材料を聞いたところ、多種多様なスパイスが必要なことがわかり、断念した。

 スパイスは本当に貴重品だからね。

 まぁ、マヨネーズと塩で食べるトンカツも悪くないが、胡椒くらいは手に入れたいな。

 んー、苗を買って増やした後、こっそり村の外れで育てて、「こんなところに香辛料が!」をやろうかな?

 いや、それはジャガイモで既にやってしまったので、あまりやり過ぎると怪しまれるか。

 ならば、お金を一杯稼いで、香辛料を買ってもおかしくない財を築けばいい。 

 そのためにも、お金になるものができるのはありがたい。


「そういえば、ロジェ父さん。大会の参加者は集まりそうなの? 大会を開くのはいいけど、参加者が全く集まらないなんてなったらさすがに目も当てられないよ」

「いまのところ三百人くらいだね」

「三百人っ!? うちの村人の数より多いんじゃないか?」

「近隣の村でもバズが売り込んでいるみたいだからね。賞金目当ての人もいるだろうけど、数少ない祭りだ。みんなで楽しもうって感じなんだろうね。スライム布と竹ひご、それに麻紐に糊を大量に買っていったから、各地でそれを売って、作り方を広めているんだと思うよ」


 素材を売るだけなら大した利益にもならない。

 おそらく、大会を盛り上げてスカイスライムの知名度を上げるための先行投資といったところだろう。


「そういえば、ラナ姉さんとロジェ父さんも参加するんだよね?」

「もちろんよ。私は技術部門で参加するわ! 技術を競うのって、剣舞みたいでカッコいいじゃない」

「僕は高さ部門だね」

「私も技術で参加するつもりよ」


 エイラ母さんも参加した。

 エイラ母さんがスカイスライムを飛ばしているところは見たことがないけど、まぁ器用なエイラ母さんならかなり上位に行くだろう。

 高さ部門は、ロジェ父さんの一人勝ちかな?


「セージは参加しないの?」

「僕は主催者側だからやめておくよ。参加するとしたら芸術部門になりそうだけど、もしもロジェ父さんとエイラ母さん、ラナ姉さんのどちらかが優勝して、僕まで優勝したらさすがに不満も出るだろうし。その代わり、エキシビションとして最後に凄いの飛ばすつもりだよ?」

「なによ、その凄いのって」

「それは本番でのお楽しみってことで! それで、エイラ母さん。この魔法、覚えてもいい?」

「新しい術式かしら? ――ええ、いいわよ。これなら問題ないわ」


 僕が用意した魔法術式を母さんが確認し、魔法を覚える許可をもらう。

 覚えたのは風を起こす魔法だ。

 といっても風の刃みたいな危険なものでもなければ、魔物を吹き飛ばす威力もなく、せいぜい強力な扇風機くらいの風力しか出ない。

 しかし、これがあれば、わざわざ走らなくても一人でスカイスライムを飛ばすことができる。

 それに、魔力の使用量は控えめなので、暑い日はそれこそ扇風機代わりにも使える。


「あとは氷の魔法も使えたらいいんだけど。エイラ母さんの氷結魔法みたいな感じのを」

「氷の魔法は魔力の消費が激しいから、もう少し魔力が上がってからにしなさい」

「そっか。いろいろと冷たいお菓子を作りたかったけど、我慢するよ」

「――と思ったけど、セージなら問題なく使えそうだし、特別に教えてあげるわ」


 見事な手のひら返しだ。

 よし、これで氷結魔法もGET!

 この魔法、自分で考えてもいたんだけど、結構難しくて困ってたんだよね。

 エイラ母さんが術式の書いている紙を取りに行ったところ、ラナ姉さんが不貞腐れた。

  

「いいなぁ、セージばっかり母さんにいろんな魔法を教えてもらって。私も父さんに剣技を習いたい」

「ラナ、剣は基礎の反復練習の上に成り立つものだから、小手先の技を意識するうちはまだまだだよ」

「言ってることはわかるけど、剣戟を飛ばすとか、相手の皮膚を斬らずに内側だけ斬るとかカッコいいじゃない」

「え? 待って、父さん。父さんってスキルは全く持ってないんだよね?」

「うん、持ってないね」

「なのに、相手の内臓だけ斬ったりできるの?」

「そのくらいはね」


 そのくらいって――いや、ロジェ父さんが凄いのは知ってるけど。


「父さん、手の甲に痣とかないよね?」


 もちろん、そんな痣はなかった。

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