第87話 父子の語らい

 宿場町に到着。

 既にうちの領地ではない。

 うちの領地はそもそも町と呼べる規模のものがないから、宿場町と言った時点でスローディッシュ領ではない。

 とはいえ、大都市というわけでもない。

 一応、街を囲う城壁はあるけれど、高さは二メートル。

 よく調教された馬だったら跳び越えられるだろう。

 それでも、魔物避けの役割は十分果たしている。


 町を出入りする人の検問はあるけれど、ほとんど調べられることなく中に入ることができた。

 手抜きかと思ったけれど、馬車に描かれている紋章が貴族のものだから、この程度は普通らしい。

 それに、ロジェ父さんがここを通過することは、先に連絡が行っているから門番の人も慌てたりはしないそうだ。


 馬車が今夜の宿場町に到着する。

 スローディッシュ領の村にも宿はあるけれど、民家を改造した民宿みたいな感じなんだけど、こっちは本当に宿って感じだな。

 村では屋敷以外でまず見ることのない二階建ての建物で、馬車を停める倉庫と馬小屋も併設されている。


 お尻が何とか無事だった。

 お尻に回復魔法「ヒール」を使いながら、キルケにも回復魔法「リラクゼーション」を使う。

 回復魔法の無駄遣いだと思う。

 確か、この世界って回復魔法の使い手は少なくて貴重だったはずなんだけど。

 教会でも回復魔法を使える者が控えているのは都市級の教会に限られているはずだし。

 キルケに使った回復魔法の代金を精算しようと思えば、彼女の給料何ヵ月分になるんだろう?

 そんなひどいことはしないけど。


 宿に着くと、既に部屋の準備がされていた。

 門番と一緒で、先触れの人が来て、宿の予約をしていったのだろう。

 先触れの人とは会ったことがないけど、グッジョブだと思う。

 でも、逆に言えば予定を変更してこの町で二泊! とかしにくいのかな?

 大貴族だったら、予定変更になったらさらに別の使いを送って予約変更をすればいいだけか。

 僕とロジェ父さんは二人部屋、キルケは一人の部屋。

 部屋は結構シンプルだが、そこそこ広い。

 食事も運んできてくれるらしい。

 宿場町といっても主要な街道から遠いし、町の規模からして、こんなものか。

 キルケは部屋には行かずに、僕たちの着替えの準備や、身体を拭くためのお湯を運んでくれている。

 修行空間のお風呂でさっぱりしたいんだけど、ロジェ父さんと二人部屋なので諦めてお湯で体を拭く。


「そういえば、セージと二人で寝るのは初めてだったね」

「そうだね。ていうか、ロジェ父さんが寝ているところ見たことないかも。いびきとかかかないよね?」

「エイラには特に言われてないよ」


 ロジェ父さんが笑って言う。

 ん? 過去形ではなく、現在形で話しているあたり、今も二人で一緒に寝ているのかな?

 エイラ母さんはまだ若いし、将来、僕の弟や妹ができる可能性はあるな。

 できれば弟がいいな。

 ラナ姉さんへの人身御供が欲しい。

 って、まだ生まれてくるかもわかっていない弟を死地に追いやるとはなんてひどい兄だ。

 少し自己嫌悪に陥った。


「キルケは部屋に戻っていいよ。セージ、身体を拭いてあげるよ」


 本来なら、身体を拭くのもキルケの仕事なんだけど、ロジェ父さんはそう言って僕に服を脱ぐように促す。

 服を脱ぐと、固く絞ったタオルで背中をこすられる。

 ちょっと痛いけれど、我慢するほどじゃない。


「やっぱり、まだ小さいね」

「僕の成長ってもしかして遅い方?」

「うーん、どうだろ? 他の子供をあんまり知らないから、普通じゃないかな? でも、セージは言っていることが大人びているからね。改めて五歳なんだなって思っただけだよ」

「昔から本を読んでるからかな? 口語より文語に慣れ親しんでいるせいかも」

「そういうところだよ。五歳で客観的に自分のことを見ることができる子供は少ないと思うよ。少なくともラナはまだまだだね」


 ラナ姉さんと比べられても嬉しくない。

 洗う側と洗われる側を交代する。

 今度は僕がロジェ父さんの背中を拭く番だ。

 父さんからタオルを受け取って、お湯で洗って絞る。

 父さんの背中は綺麗だった。

 痩せマッチョで引き締まった身体をしているが、傷がほとんどない。

 回復魔法が凄いのか、それとも傷を負うような戦いをしてこなかったのか。

 この身体なら強く擦っても痛いと言うことはないだろうと、できるだけ力を入れて擦る。

 ロジェ父さんが語った。


「僕はね、男の子ができたら剣士に育てるって決めてたんだよ」


 なんとなく、ロジェ父さんは僕に剣士になって欲しいんだろうなってことは思っていた。

 だって、三歳の誕生日プレゼントが木剣だったし、四歳の誕生日プレゼントは剣を打ち込むための木の人形だったから。

 ちなみに、木の人形はラナ姉さんが勝手に使って、一カ月で壊していた。


「でも、セージが進んだのは魔術の道だった」

「ショックだった?」

「不思議とそうでもないかな? 剣であっても魔法であっても、子供に才能があるのは嬉しいことだよ」


 ロジェ父さんは心が広い。

 でも、僕は魔法の道に進んだつもりはない。

 一応、剣の素振りは修行空間で毎日しているんだけどな。

 ラナ姉さんとの剣術の差は縮まるどころか、拡がる一方のように思える。

 素直に魔術の道に進めってことなのだろうか?


 その後は、ロジェ父さんととりとめのない会話をした。

 父子の語らいというのもたまにはいいもんだ。


 食事は、近くで採れたという川魚だったが、正直あまり美味しくない。

 ティオの料理に慣れ過ぎたせいだろう。

 改めて、彼女の料理の腕は確かなのだと思った。

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