第220話 村の将来を担う子供たち(その1)
その日、久しぶりのエイラ母さんの勉強の時間を終えて裏庭で、土操作の魔法で作った手製の椅子に座り、空はなんであんなに広いのかと考えていると、コパンダが視界に入った。
その先にはラナ姉さんとエイラ母さんが勉強している部屋がある。
「コパンダ、ラナ姉さんを待ってるの?」
「メー」
人間の言葉がわかるらしいコパンダは僕の顔を見て頷く。
そうか、やっぱりラナ姉さんを待ってるのか。
昼から一緒に散歩に行こうってラナ姉さん言ってたもんね。
「コパンダ。でも、待ってもダメだよ。ラナ姉さんは暫くエイラ母さんが勉強を見ていなかった間に、夏にやった勉強のほとんどを忘れちゃったから、いま補習を受けてるんだ。今日は家から出られないよ」
「メー?」
「うん、だから待っても――」
「メー!」
ん? コパンダが立ち上がって窓を見上げた。
振り返ると、ラナ姉さんが窓を開けるところだった。
「コパンダ! 私、ちょっと忙しくてラインハルトと出掛けられなくなっちゃったの。悪いけど、セージと一緒に散歩に行ってくれない?」
「メ―!」
「うん、お願い!」
そして閉じられる窓。
残される僕とコパンダ。
おかしい。
明らかにおかしい。
いまのやり取りの中で、一瞬でもラナ姉さんが僕に頼むシーンがあっただろうか?
というか、普通はコパンダではなく、僕に対して「セージ、悪いんだけどラインハルトを散歩に連れて行ってくれない?」と言うべきだろう。
と思ったら、コパンダは四本足で歩き始め、そして振り返る。
まるで僕に「ついてこないのか?」と言わんばかりの目をしている。
本当にやることもなかったから別にいいんだけどね。
「……ねぇ、コパンダ。上に乗ってもいい?」
少し気になって声を掛けた。
柔らかそうな背中に乗って、そのまま昼寝とかしてみたい。
「メーメー」
首を横に振る。首が見えないので顔を振っているという表現の方が適切かもしれない。
やっぱりラナ姉さん以外に背中を任せたくないのか。
でも、ラナ姉さんもラナ姉さんなりに、しっかりコパンダの面倒は見ているしな。
竹の葉だって、ちゃんと自分の小遣いで購入しているし、トイレの世話や散歩もしている。
なんだかんだいって面倒見がいい。
「おーい、セージ!」
ハントが遠くから僕に声をかけてきた。
僕より先にあっちが気付いたらしい。
一緒にいたのはカリンとテル。そして、もう一人、女の子がいた。
茶色いおさげ髪の女の子――テルの姉のアムだ。
「セージ様はラインハルトとともに警邏でございますか?」
「ただの散歩だよ」
テルにそう返事をして、アムを見た。
眠たいんじゃないかと思うくらい、目が半分閉じているが、いつものことだ。
「やぁ、セージくん。いい天気ね」
アムはテルと違い、距離感がそこそこ近めの女性だ。
「姉上、セージ様に対してなれなれしすぎるのではないですか? セージ様は父上の上司なんですよ」
「やだな、テル。騎士を目指すなら、上官が望む距離感で接するのが下士官として最も重要なことなんだよ」
「そう言って、姉上は誰にでも同じ態度ではありませんか。領主様に対してもなれなれしい態度をとって、父上に怒られていたでしょうに」
アムはロジェ父さんに対しても同じ態度なんだ。
ロジェ父さんはその程度のことだと怒ったりはしないけれど、ウィルは肝を冷やしただろう。
「コパンダも元気そうでなにより」
「姉上、ラインハルトですよ」
「コパンダの方が呼びやすいだろ? なぁ、セージくん」
「うん、僕もコパンダの方がいいと思う」
「さすがセージ様。私もそう思っておりました」
テルの切り替えが早いなぁ。
「ところで、四人で何してたの?」
見たところ、リバーシもスカイスライムも持っていない。
おにごっこやかくれんぼのような、道具を必要としない遊びだろうか?
「将来について考えてた」
「ハントの冗談はともかく、なにしてたの?」
「どういう意味だよっ!」
「いや、ハントのいう将来って、今日の晩御飯何かな? とかそういう話でしょ?」
「あの、セージさん。本当に将来のことでして。村も大きく変わっていく中、私たちは将来何をすればいいのかって考えていたんです」
「カリン、そんなこと考えていたんだ」
「なんで俺のことは信じないでカリンの事は信じるんだよ」
「ごめんごめん。ハントだったら許してくれるって思って」
ハントが文句を言ったので笑いながら謝った。
確かに、村もいま大きく変わっている。
村の設計が確認され、既に城壁造りが始まっていた。
雪が積もるまでにせめて城壁と名乗ることができる高さ二メートルまでは形として整えようと、収穫を終えた大人たちが、エイラ母さんが土操作の魔法で作った煉瓦を積み上げている。
バズの商会も仮店舗と倉庫ができて、近くの領地からもいろんな品が集まり始めていた。
これからは農作業だけではなく、いろんな仕事が求められる転換期になりつつある。
子供ながらに、将来についていろいろ考えるのも仕方ないか。
「ハントは何をしたいの? お父さんの跡を継ぐとか?」
「そうだな。父ちゃんはバズさんのところで雇ってもらったんだが。俺が商人に向いてると思うか?」
ハントの問いに、僕だけでなく、カリン、テル、そしてアムまでもが首を横に振る。
「だろ? まぁ、町の衛兵かな? さすがに騎士って柄じゃねぇのも自分でわかってるし。テルは騎士様になりたいんだろ?」
「もちろんだ。そのためにも、セージ様から賜った剣で、日々訓練は欠かしていない」
「それを言うなら、俺だってセージから貰った剣で毎日稽古してるぜ? テルとの勝負でも勝ち越してるしな」
「私の方が勝ち越してるだろ! 現に今日の試合だって私が勝ったではないか!」
「何言ってるんだ。あれは俺の勝ちだろ! なぁ、カリン」
「姉上、見ていただろ? あれは私の勝ちだったはずだ!」
ハントとテルに尋ねられた二人は口を揃えて言った。
「「興味がないので見てなかったよ」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます