第209話 ラナ姉さんの暴挙
「ソーカ、米が薬屋に売ってるってどういうこと? ていうか、米って普通に売られてるの? ヤマトの国から輸入してるの?」
「否、拙者が買っている米はヤマトの国のものではなく、南のオルートル公国で栽培されているものでござるよ」
オルートル公国――聞いたことがある。
結構遠い国だ。
といっても、何年もの旅は必要としない。
馬車でも一カ月ほどで行ける距離にある国だ。
「そんなところにあるの?」
「いかにも。あそこにはオルートル川という巨大な川があるでござるが、その下流は沼地になっているのでござる。そこで大規模栽培しているので、比較的安価に入手できるでござるよ。ただ、オルートルでは穀物として認知されていても、こちらの国では消化を助ける薬の一種として扱われているようでござる」
そういえば、米に由来する生薬があるって聞いたことがある。もしかしたら、この世界でもどこかの国で米を主食としてだけでなく、薬としても使っていて、それがこの国に伝わっていく中で、主食としての話が抜け落ち、薬としてのみ伝わったのかもしれない。
主食より薬の方が高く売れるからね。
オルートル公国では、沼地で穀物を育てるために米の栽培が行われているのか。
異世界転生ものだと米を入手するのに苦労するって本で読んでたから簡単に手に入らないと諦めていたんだけど、まさかそんな手近なところにあったなんて。いや、考えてみれば地球だって、スペインの名物料理に米を使ったパエリアがあるじゃないか。
あれの歴史だって相当古いぞ?
「私が働いていたレストランでも、シェフが一度入手してましたね。粉にしてパンにして食べていました。試食させてもらいましたが、私としては小麦のパンの方が好みです」
「米をわざわざ粉にしてパンにするの? そのまま炊くんじゃなくて?」
「米をそのまま炊く?」
ティオは不思議そうに尋ねる。
炊くって、結構複雑だからな。
はじめチョロチョロなかぱっぱってやつだ。
「どれ、拙者が宿から米を持ってくるでござるから、炊いてみるでござるか?」
「本当に! よし、じゃあ、今日の夕食に――」
「待ってください、セージ様。その米を炊くのはすぐにできるのでしょうか? できた夕食が冷めてしまいますので、時間がかかるのであれば明日にしていただけませんか?」
「ぐっ」
確かに。
電子レンジもないし、一度火を消すと再度点けるのが面倒だ。
それに、僕たちの食事が遅くなれば、さらに使用人の食事が遅くなる。
「ごめん、ソーカ。ご飯は明日でいいかな?」
「うむ、では明日の朝食におにぎりを持ってくるでござるよ」
「おにぎりっ!? 米を握った奴だよね。うん、楽しみにしてるよ」
僕はソーカに言った。
そして、改めて家族四人の夕食をした。
味噌汁はお椀ではなく、スープ皿に入れて出す。
本当なら、椀に入れてズズズと啜って飲みたいけれど、そんなことしたらエイラ母さんに怒られる。
「このミソを入れたスープ、見た目は少し濁ってるように見えるけど、美味しいわね。ホッとする味だわ」
「オーク肉とミソがよく合うね。ホウレン草も美味しいよ」
「ねぇ、セージ! このオーク肉のミソ炒め、マヨネーズを入れたらもっと美味しくなると思うのよ。持ってないかしら?」
さすがラナ姉さん。いきなり味噌マヨネーズにたどり着くか。好きな人は本当に好きな調味料だからね。
予想していたので、作っておいたマヨネーズをラナ姉さんに渡すと、
「うん、このミソとマヨネーズ、旨味とコクの組み合わせは最強ね!」
「そんなに美味しいのかい? 僕も少しもらっていい?」
「私も気になるわね」
家族三人がミソマヨネーズの魅力に取りつかれていくなか、僕はそのまま味噌炒めとして食べる。
美味しい。
とても美味しい。
家族にも和食は好評。
だというのに、米が食べられないのが辛い。
これ、絶対にご飯にあうメニューだもん。
米がないのなら、その時点で諦めていたのに、あるとわかった途端に必須のように思えてくる。
バズに頼んで、一トンくらい仕入れてもらわないと。
いや、その量なら、直接買い付けに行ってもらった方がいいかもしれない。
「セージ! ミソのスープにもマヨネーズ入れたらいいと思わない?」
「それはしないでほしいな。ラナ姉さんなら絶対に気に入ると思うけど」
僕はそう言って、味噌汁を匙で掬って飲んだ。
味噌汁美味しいな。
ご飯があれば、ぶっかけて食べたい……って、これもマナー違反で怒られそうだ。
いや、ご飯というのはこうやって食べるもんなんだよ――って嘘を言えば。ってそんなこと言ってバレたら凄く怒られるな。
と考えている僕の横で、ラナ姉さんは味噌汁にマヨネーズを入れていた。
この暴挙にエイラ母さんは特に何も言わない。
なんで、味噌汁を啜って飲むのはマナー違反だと思うのに、味噌汁にマヨネーズを入れるのは許されるんだろう。
納得いかない。
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