第210話 米は必須

 翌日。僕は皆とは朝食を別にしてもらった。

 味噌汁を作り、魚を焼いて、さらに納豆まで準備した。

 納豆を見たとき、ティオが「セ、セージ様、それ腐ってませんか?」と恐る恐る尋ねてきたが、「発酵してるだけだから大丈夫」と言った。

 納豆のタレだが、みりんがないのでみりんに似た感じの調味料を自作してみた。

 材料は、蜂蜜と白ワインビネガーだ。

 蜂蜜を加熱し、液体になったら白ワインビネガーと水を加えて混ぜて、沸騰直前まで加熱したら、みりんとは言えないまでも、同じ役割として使える調味料ができた。まぁ、みりん風調味料よりも似てないけれどね。

 それに、キノコで取った出汁を加えて完成。

 味見してみた。スーパーで売ってる納豆の数倍臭いけれど、いい旨味も出ている。

 これを食べたとき、ティオが顔を顰めていた。

 心の声を代弁するなら、「マジか、こいつ」って思っていたに違いない。

 ティオに無理やり食べさせてみようかとも思ったが、アウラみたいに嫌われたくないので、自分だけで楽しむことにする。


 準備が終わったところで、ソーカがやってきた。


「この匂いは、納豆でござるか?」


 納豆の匂いに真っ先に反応したな。

 日本でも納豆は平安時代からあったそうだけど、いまの形になったのは江戸時代からだってテレビで見たことがあったので、ヤマトの国にあるかどうかは微妙だったけど、どうやらあるらしい。


「うん、ソーカは納豆好き?」

「嫌いではないでござるよ。副ショーグンが大の納豆好きであったでござるからな。よくショーグン家にも送られてきたので家臣に振舞われていたでござる」

「そっか。ところで、おにぎりは?」

「用意しているでござるよ」


 乾いた竹皮の包みを僕に渡す。

 竹皮紐をほどくと、中からおにぎりが三つ現れた。

 ただし、日本のお米とやっぱり形が違うな。

 日本のお米より長い気がする。


「じゃあ、ソーカ、一緒に食べよっか。味噌汁と納豆と焼き魚を用意したよ」

「おぉ、まるでヤマトの朝食のようでござるな。ご相伴にあずかるでござるよ。あ、おにぎりはこちらが塩にぎり、こちらが具材を入れたおにぎりでござる。中は――」

「待って、中は食べてのお楽しみにするよ」

「なるほど、それも楽しいでござるな」


 ということで、ソーカが手際よく納豆をかき混ぜている間に、まずは塩にぎりから食べてみる。

 あ、米だ。

 でも、日本のコシヒカリと違って粘り気が少なくて弾力性があるな。パエリアとかに使われている米みたいだ。

 懐かしいという気持ちより、新鮮な気分だな。

 ご飯を入れたまま味噌汁を口に入れると、ごはんが口の中でパラパラと分かれていく。

 味噌汁とよく合う。

 次に具材のおにぎりを食べてみる。

 中に入っていたのは――


「すつぱ……これ、梅干しっ!?」

「おぉ、セージ殿は梅干しも知ってるでござるか?」

「うん。でも、かなりすっぱいや」


 僕が知ってる梅干しより遥かに酸っぱい。

 保存性を高めるためだろうな。

 中の種はなかった。ソーカが抜いてくれたのだろう。

 まさか、梅にぎりが食べられるとは思わなかった。

 ただし、コシヒカリのおにぎりで食べたかったな――というのが正直な感想だ。

 最後の一つはなんだろ?

 おにぎりといえば、鮭、かつお、昆布などを期待してしまうが、全部海産物だからな。

 一体何が出るか。


「……ツナ……じゃなくて、これ、鶏肉?」

「うむ。鳥肉のオリーブ漬けでござる。先日、ウィル殿が捕まえた鳥を分けてもらったので作ったでござるよ」

「そうなんだ。美味しいよ」


 ツナマヨに似ている感じがする上に、米との相性もいい。

 異国のおにぎりって感じがする。

 ソーカも米の味の違いを理解して、こっちの国に合うおにぎりを試行錯誤していたのだろう。


「ティオ殿も食べるでござるか?」

「いいんですか?」

「無論でござる。我が主君の食卓を預かる其方には、是非、拙者の故郷の味も知っていてもらいたいでござるからな」


 どうやら、ティオの分も用意していたらしく、竹皮に包まれたおにぎりをもう一つ取り出して渡した。

 ティオはおにぎりを食べて、考え込む。

 美味しいかどうかより、これをどう料理したら美味しくなるか考えている顔だ。

 さすが生粋の料理人だな。


「ありがとう、ソーカ。じゃあ、早速バズに米を仕入れてもらうように頼んでみるよ」

「おぉ、それでは拙者の分もお願いするでござる」

「もちろん任せて」


 僕は安請け合いをし――


  ▼ ▽ ▼ ▽ ▼


「いやいや、無理っすよ」


 断られた。

 バズ商会の仮店舗にいたバズにオルートル公国で売られている米を入手できないかと言ったら、ダメだった。


「お金は出すよ?」

「お金がどうこうじゃなく、オルートル公国と取引をしている商会は限られてるんっすよ」

「取引してる商会があれば、そこから買えばいいじゃない。いまやバズは王家御用達の商会なんでしょ? そのバズとの取引を断る商人なんていないよね」

「……その取引してる商会って、ヒマン商会なんっすよ」


 ヒマン商会?

 はて、どこかで聞いたような名前……って、ムラヤク侯爵が裏で糸を引いている、バズに対して圧力をかけてきた商会の名前か。

 あちゃー、たしかに、その商会とは取引は難しそうだ。

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