第276話 偽りの笑顔

 倒したキラービーはマジックポーチの中に入れて保存。

 花畑の真ん中でシートを広げてお昼ご飯にする。

 花畑の真ん中って言っているけれど、全て花畑の世界なのでどこが本当の真ん中かわからない。

 たぶん、全ての場所が真ん中だろう。

 お弁当は玉子サンドとカツサンドだ。

 玉子は修行空間でハイエルフたちがお世話をしている卵を使っている。

 鶏の平均寿命は五年から十年っていうけれど、最初にフォースが捕まえて連れてきた鶏はまだまだ現役で、雌鶏は毎朝新鮮な卵を産んでくれている。

 卵には砂糖がたっぷり使われているらしい。

 最近、修行空間でビートを育てるようになり、砂糖も自家製で作るようになったから、そこから作ってるんだろ。

 修行空間で育てている作物の種類、もはや把握できない数になってるな。

 甘い玉子焼きと一緒に挟んでいるのはトマトケチャップだ。

 焼いた卵とケチャップの組み合わせは関西風のタマゴサンドらしいが、この世界だとマヨネーズがまだまだマイナーな調味料だから、茹で卵の卵サンドよりもこっちの方がメジャーかもしれない。

 カツに使っているのは牛肉――ミニタウロスの肉だ。

 断面を見ると肉が赤いレア肉になっている。

 噛むと肉汁が拡がり、口の中でパンがその肉汁を唾液とともに吸い込み、パンまでもが一流料理の味へと早変わりする。


「ねぇ、セージ、聞いてる?」

「うん、サンドイッチ美味しいね。ポテトサラダサンドも作ってくれないかな?」

「もう、そんな話してないよ。サンドイッチじゃなくて、アルラウネのことだよ」


 聞いていなかった。

 うん、そうか、アルラウネか。

 七階層に来て五時間程経つけれど、キラービーとマンイーターとフラワースライム、そしてフラワーキラーの四種類の魔物と遭遇して撃破した。

 ハニービーはレアモンスターだから中々出てこないのは仕方ないし、クイーンビーはどこかにある巣の中に閉じこもっているから闇雲に捜してもみつからないのも当然。

 マンイーターは遠くから見つけた。巨大なラフレシアみたいな外見の魔物で、ちょっと大きすぎて面倒そうだから避けている。

 しかし、アルラウネだけは見つかっていない。


「うーん、残念。今日は会えないかな」

「そうだね。残念だね」


 僕はそう言って口の中に残ったサンドイッチを水筒に入れていた紅茶で流し込む。

 アウラのサンドイッチは手付かずで残っていた。

 僕は残念だと思っていた。

 少し前の僕だったら、このまま会えなくてもいいんじゃないかって思っていたけれど、でも悲しそうなアウラを見ていると、やっぱりアルラウネを見つけたいと思った。


「そうだ。アウラって僕の水が好きなんだよね?」

「ん? うん、好きだよ」

「もしかしたら、他のアルラウネも魔法の水が好きなのかもしれない。だったら、魔法の水を周囲にばら撒けば、こっちに来るんじゃないかな?」


 これまでもスライムを引き寄せるために納豆を、ゴブリンを引き寄せるためにバーベキューをしてきた。

 原理は同じだ。

 探してもみつからないのなら、こっちに来てもらう作戦だ。


「それいい! でも、魔法の水って匂いとかないよ?」

「そうだね。でも、こうすれば――」


 僕は空に向かって水の魔法を放った。

 最大出力の魔法が飛んでいく。

 水魔法は上空に達すると、一気にはじけ飛んだ。

 水魔法――スプリンクラー。

 畑に水をやるとき、便利だからとエイラ母さんの許可を得て開発した僕のオリジナル魔法だ。 

 あの高さだったら、かなりの範囲まで水が届くだろう。

 もちろん、僕たちのところにも小雨程度の水が落ちてきた。


「セージの水、やっぱり美味しいね」

「アウラが言うなら間違いないね。さて、来るかどうか」


 アルラウネが現れるかと思って待つ。

 すると何かが動いた。

 いや、動いたというより、出てきたのだ。


 身長五十センチくらいの、花びらの服を着ている女の子。

 アルラウネだと思う。

 アウラより一回り小さい。

 そうか、探してもみつからなかったのは、土の中に隠れていたからか。

 臆病な性格なのか、それとも僕が寝たところを襲うつもりだったのかはわからない。


「わぁ、かわいい。アルラウネだよね」

「××××××」

「うん、アウラだよ! あ、××××××」


 何か会話している。

 すると、アルラウネの周りに他のアルラウネが集まり始めた。

 どうやら会話が成立しているみたいだ。

 アウラとアルラウネは笑顔で何か話している。

 僕だけ疎外感を覚えるが、これが普通なのだろう。

 最初に決めたようにアウラを笑顔で見送ろう。

 そう決めたとき――


「え?」


 アウラが突然蔓を伸ばし、アルラウネの一匹を殴りつけた。

 他のアルラウネたちは顔を顰め、アウラに向かって抗議をしているが、アウラはそのアルラウネたちを攻撃する。


「セージ、魔法! こいつら敵!」

「え!?」

「早くっ!」


 アウラが叫ぶ。

 突然のことに僕がアルラウネを敵と認識する前に、アルラウネが僕を攻撃してきた。

 アウラより遥かに細い蔓がこちらに向かってくる。


「風の刃!」


 反射的に魔法を使った。

 風の刃が一匹のアルラウネの胴体を切り裂いた。

 身体から血は出ない。

 アルラウネの中は空洞だった。

 一匹のアルラウネが倒れると、他のアルラウネが逃げていく。


「アウラ、なにがあったの?」

「あいつら、言ったの。『仲間に迎えてあげるから、代わりにその食事を食べさせて』って」

「そんな。サンドイッチくらい分けてあげれば――」

「違う。あいつら、セージのことを餌だって言ってたんだ。珍しい生き物だからいい養分になるって」


 アウラはアルラウネたちのいたところを見て、そう言った。

 僕はなんて言っていいかわからなかった。


「大丈夫?」

「うん」


 アウラはいつも通りの笑顔に戻っていた。

 でも、その笑顔が本物の笑顔には見えない。

 だって、それはさっきまでの僕の笑顔だったから。


「少し休憩しようか」

「うん」

「アウラ……辛いなら、泣いてもいいんだよ」


 僕がそう言うと、アウラは笑っていた。

 笑っていたが、目が赤く腫れあがっていく。


「う……うぇ……うぇぇぇぇぇん! 友達になれるって思ったのに」


 アウラは泣いた。

 初めて彼女が本気で泣いた。

 僕は、ただ自分の胸を彼女に貸した。

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