第45話 スカイスライム

「なんだ、セージの作った玩具だったのね」


 凧を見て新種の魔物だと勘違いしたラナ姉さんだったが、僕が作った玩具だと知るとつまらなさそうな顔をした。ラナ姉さんはここに走ってくるまでの間、どうやってあの空に浮かんでいる凧を倒そうか考えていたらしい。

 ちなみに、ラナ姉さんの一番の案は、肉を置いて魔物をおびき寄せ、降下してきたところを剣で叩くというものだったそうだ。


「それで、どうやって遊ぶの? あの玩具をぶつけて落とし合うの? それとも糸を絡め合って相手の糸を切るのかしら?」


 凧を初めて見るのに、いきなり喧嘩凧を提案してくるラナ姉さんの感性はおかしいと思う。


「でも、あれってどうやって飛ぶの? 飛翔の魔法?」

「違うよ。単純に風を当てるだけ。ラナ姉さん、木の盾持ってたよね。持ってきてもらえる?」

「……? 盾であれを作るの?」

「さすがに普通の風に木の盾を持ち上げる力はないよ。あれが浮かぶ原理をわかりやすく説明するだけ」


 ラナ姉さんはよくわかっていないようだったが、自分の部屋に盾を取りに戻った。

 その間に僕は糸を巻き取り、凧を回収する。

 ロジェ父さんも僕と同じように凧を地上に下ろした。


「父さん、どうだった?」

「おもしろいよ。これは何て名前なんだい?」

「えっと、名前は……」


 凧って言っていいものだろうか? この世界だと馴染みのない言葉だよな。

 凧の由来って、海の凧だっていうけれど、僕が作った凧は簡易的な物で下に足のようなひらひらもついていないから。

 新しい名前を考えるとすれば――


「スカイスライムだよ!」

「へぇ、空飛ぶスライムか。そのままの名前だね」

「まぁね。わかりやすい方がいいでしょ」


 と言っている間に、ラナ姉さんが戻ってきた。


「盾を持ってきたけど、どうすればいいの?」

「じゃあ、ラナ姉さん、盾を構えて。いまから水魔法をかけるから」

「――? わかったわ」


 ラナ姉さんが盾を構える。

 そして、僕は水を飛ばした。


「いくよっ! ウォッシュアウェイっ!」


 エイラ母さんから教わった水魔法を唱える。

 ただし、前に教わった魔法を改造し、威力を上げているので、ゴブリンに当てたら体を吹き飛ばすくらいの威力はある。

 それでも、盾を構えたラナ姉さんを吹き飛ばす力はない。

 一度魔法を止める。


「これで何がわかるのよ?」

「ラナ姉さん、盾が上に上がる感じした?」

「するわけないでしょ? 水が下から上がって来るならともかく、真正面から来てるんだから」

「じゃあ、盾を斜めに――そうじゃなくて、こういう感じで構えてみて」


 僕はそう言って、ラナ姉さんの盾を飛んでいる凧のように斜め向きに構えてもらう。

 そして――


「じゃあ、さっきと同じ威力で水を飛ばすから、しっかり構えててね」

「さっきと変わらないと思うけ――」


 僕は詠唱省略し、合図もなしに魔法を放った。

 突然の魔法にラナ姉さんの反応が少し遅れ、そして――


「えっ!?」


 盾が上方向に弾かれそのまま僕の水がラナ姉さんに直撃した。

 うん、さすがラナ姉さんだ。

 吹き飛ばされないね。


「どう? 盾が上に持ちあがったでしょ? このスカイスライムも――って、ラナ姉さん、怒ってる?」

「セージ、あんた私の盾が弾かれたあとも、魔法を止めなかったわね?」

「それに、セージ。無詠唱にして、ラナの不意をついただろ? 実践訓練だったら油断を誘うフェイントとして有効だけど、スカイスライムを飛ばす説明にフェイントは必要だったかい?」


 ラナ姉さんが引きつった笑みでこちらに近付いてくる。怒っているより遥かに怖い。

 ロジェ父さんが逃げ出そうとする僕の肩を掴んだ。


「ラナ、暴力はダメだよ。くすぐる程度にしておきなさい」

「父さんの許可が出たわ。セージ、覚悟しなさい!」


 笑い死ぬのって、一番幸せそうな死に方に見えて、一番苦しい死に方じゃないだろうかと、僕は涙を浮かべて思った。

 そして、ラナ姉さんにスカイスライムの揚げ方を作り方を教える。


「違うよ、糸は長さを変えて、糸の中心はスカイスライムの中心じゃないから」


 などと教えるのにやたら時間がかかった。

 この辺りはロジェ父さんには及ばないが、実際に作ってからは、初めてなのにスカイスライム揚げに成功していた。

 このあたりは流石だと思う。

 さて、僕ももう一回飛ばそうかな?

 と思ったら、今度は大勢の村人がこっちに向かって走ってきた。


『領主様! 空に見たことのない魔物がっ!』


 僕は同じ説明をやってきた村人たちに繰り返し説明することになるのだった。

 それだけならまだよかったんだが、次の日の夜。


「セージ、今度村でスカイスライム揚げ大会をすることになったんだ。それで、セージには、スカイスライムを上手に作れない人のための指導と、大会前の挨拶をお願いしたい。できるかな?」


 ロジェ父さんの「できるかな?」が半強制であることを僕は知っていたし、こうなることもだいたい予想はついていた。だって、昨日から今日にかけて、村はスカイスライムで大渋滞になっていたからだ。

 娯楽の少ない村人たちに新たにできた娯楽――こんなの夢中になるなって言うほうが無理だった。

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