第197話 召喚獣の十戒

「おめでとう、ラナ。素敵な魔法を覚えたね。本当に嬉しいよ」


 ラナ姉さんがスキルを覚えたことを報告すると、ロジェ父さんは自分のことのように、いや、それ以上に喜んでいた。

 ロジェ父さんが喜ぶから、ラナ姉さんもその顔が綻ぶ。

 逆に素直に喜んでいないのは、エイラ母さんの方だ。


「ラナが召喚魔法ねぇ」


 まったく喜んでいないわけではないけど、なんか複雑そうだ。

 めんどくさいものね、召喚魔法って。


「エイラ母さん、召喚魔法ってどんな魔法なの?」

「召喚魔法っていうのは、異世界のナニカを呼び寄せて、契約して使役するものなのよ。魔物を見たら、どうやって倒せばいいかしか考えていないラナに使えるのか不安なの」

「契約――とりあえず、ボコって言うことを聞きなさい! じゃないともっとひどいことするわよ! って言えばいいんじゃない?」

「それで服従するのはセージくらいよ」


 僕ってエイラ母さんから見たらそういう扱いなんだ。

 否定ができないのが辛い。


「まぁ、自分より強い相手に服従したいっていうのは魔物にはよくあるけれど、食事や雇用条件、住む場所など話し合う必要があるのよ」

「そんな! 私、魔物の言葉なんてわからないわよ! 自分の国の言葉でもまだ書けないものいっぱいあるのに」

「文字はしっかり勉強しなさいって言ってるでしょ!」


 エイラ母さんが怒って、ため息をついた。そして、召喚魔法を使った人は言葉は通じなくても、何が欲しがってるかだいたいわかるらしい。

 それを聞いて、ラナ姉さんは安心していた。


「ねぇ、エイラ母さん。使ってもいい?」

「そうね。契約したら、ちゃんと最後まで世話できる?」

「できる!」

「しつけもしないとダメよ」

「頑張る!」

「召喚して出てくる魔物は何かわからないけど、私とロジェが駄目だっていう魔物とは契約したらダメよ」

「しない!」


 まるで、ペットを買ってほしい子供と、約束させられてる親みたいだな。

 この流れでいったら、そのペットの散歩をさせられるのは僕になりそうだけれども。


「ラナ姉さんには、一度犬の十戒を読んで欲しいよ」

「犬の十戒? なにそれ?」

「短編の詩だよ」


 僕がそう言うと、エイラ母さんが「もしかして、ゼロ様のっ!?」と真っ先に反応したが、否定すると直ぐに興味を失ったようだ。

 犬の十戒とは、世界中に翻訳されている詩だけれども、作者が誰なのかわかっていない「飼い主の心構え」のようなものを犬目線で語られている詩だ。

「私が年をとっても世話をしてください。あなたも年を取るのですから」とか、「最後まで一緒にいてください。そして忘れないでください。私はあなたを一番愛していたのですから」みたいなことが書かれている。


「召喚するのは魔物よ? 召喚獣の十戒を作りなさいよ」

「えぇ……じゃあ――」


 僕は召喚魔法に関する本で読んだ知識を元に、犬の十戒を改造してみる。


1『私は道具ではありません。あなたと契約し、あなたのために働きたいという意思を持っている生物です。私と契約する前にそのことを覚えてください』

2『あなたの命令と違う行動をするかもしれませんが、あなたが嫌いなわけではありません。理解できるまで待ってください』

3『私のことを信用してください。私にとってそれが幸せです』

4『私を長い間叱ったり、罰として異世界に放置しないでください。あなたはこの世界で自由にできますが、私はあなたに呼ばれないとこの世界に来られないのですから』

5『用事が無くても呼んで下さい。あなたと一緒にいられる時間が幸せです』

6『あなたが私にした行いを、私は忘れません』

7『私を叩く前に覚えていてください。私は人間を襲う力があってもあなたを傷つけないのは、そう契約しているからです』

8『私が役立たずと叱る前に、私が何故役に立たないか考えてください。無理な命令だったかもしれないし、環境に問題があるのかもしれないし、あなたに問題があるのかもしれません』

9『他に強い魔物と契約をしても私の契約を反故にしないでください』

10『最後まで一緒にいてください。私の寿命はいつ尽きるかわかりません。あなたより先に死ぬかもしれないし、あなたより長く生きるかもしれない。でも、私はあなたと最後まで側にいたいのです。私の生涯はあなたとの契約に捧げたのですから』


 と僕が言ってみた。

 すると、ラナ姉さんは暫く考え込む。


「召喚獣って大変なのね」


 浅い感想だと思うが、しかし、それがわかってもらえただけでもありがたいと思う。

 もっとも、召喚はしっかりするそうだ。


 中庭に移動する。


「楽しみですね、召喚魔法。どんな魔物が出てくるのでしょうか?」


 一体、どこで聞きつけたのか|土の鎧(普段着)を着たイセリアが待機していた。

 ラナ姉さんへの嫉妬より、召喚魔法への興味の方が上らしい。


「イセリア、危ない魔物だったら対処するから、剣は抜いておいてね」

「わかりました」


 イセリアが剣を抜く。

 ラナ姉さんが手を構えた。

 スキルを覚えた時点で、どうやってスキルを使うかは理解しているのだろう。

 目の前の地面が輝く。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか?


 待てよ、異世界のナニカって言ってたから、魔物じゃない可能性もあるんだよな。

 まさか、異世界人召喚とかしないよな?

 いや、でも召喚魔法って送還もできるそうだ。元の世界に戻せるってことは、地球の生物は召喚できないか?

 でも、あの神だしな。

 やだよ、異世界召喚の召喚する側に立つなんて。絶対めんどくさいことになるし。

 と考えていたら、光っている地面から何かがせり上がって来る。


 鳥?

 僕やラナ姉さんより大きい。

 一メートル半くらいいる鳥が立っていた。


「成功よ! ……ってあれ? この鳥、全然動かないんだけど。もしかして死んでるの?」

「気配は感じるから生きてるね」

「見た目は怖いけど、随分と大人しい鳥ね」


 ラナ姉さんたちが鳥を見て言ってるが、僕はこの鳥を知っている。

 これ、ハシビロコウだ。

 数時間動きを止めることから動かない鳥として地球のアフリカ大陸にいる有名な鳥だ。

 日本の動物園にもいる。

 ってことは、地球から召喚された?

 いや、地球の動物もこっちの世界には結構いるし、きっと異世界にもハシビロコウはいるのだろう。


「なによ、こいつ」

「ラナ姉さん、どうしたの?」

「めんどくさいから早く帰りたいって言ってるのよ。たぶんだけど」


 無理やり呼んでごめんね――という気分だ。

 結局、ラナ姉さんとの契約はならず、ハシビロコウには丁重にお帰り願った。

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