第196話 ラナ姉さんのスキル
森の近くに行くと、ラナ姉さんの言う通り見たことのない魔物がいた。
高さ二メートルほどの細い若木が三十本程ゆっくりと歩いている。
「ジュニアトレントよ」
「トレント? あぁ、木の魔物ね。じゃあ、成長すると、トレントになって、エルダートレントになるの?」
「何言ってるのよ。ジュニアトレントは死ぬまでジュニアトレントじゃない。ゴブリンが成長してもホブゴブリンやエリートゴブリンにならないのと同じで、トレントは生まれたときからトレントだし、エルダートレントだって最初からエルダートレントよ」
……|年少者(ジュニア)や|年長者(エルダー)っていったい。
年齢どころか、進化前、進化後の関係ですらないのか。
「ジュニアトレントってどんな悪さをするの?」
「秋になると動き出して、暖かい場所に向かって歩いていくの。邪魔したら、枝で殴って来るわ。普段は森の中でじっとしてるから、秋のこの季節以外はわかりにくいのよ」
渡り鳥みたいだと思った。
子供のころ、ツバメが南へと飛んでいくと、夏の終わりを感じたっけ。
「それって悪いことじゃないよね? 邪魔しなかったら大人しいんでしょ?」
「この辺りで冬でも温かいところって、動物小屋とか、人間の家の中よ?」
「それは悪いことだ!」
そうだよね、ジュニアトレントの歩く速度って人間より遥かに遅い。いくら秋の始まりから移動を開始したとしても、南の温かい国に行くのは不可能だ。
あの速度なら、せいぜいいけて、ドルンあたりくらいまでだろう。
ただ、その遅さのおかげで、村にたどり着くのは数日後。
ロジェ父さんや村の人が現時点で対処しないのもそれが理由だろう。
とりあえず、攻撃をしてみる。
矢を放った。
よし、命中!
僕の弓の腕前もなかなかのものになってきている。
「ってあれ? 全然効いてない?」
矢が刺さっているのに、動きを止めるどころか、遅くなる気配もない。
痛みに鈍い魔物なのか?
「動物の魔物と違って出血もしないし、重要な内臓もないから弓矢は効果ないわよ?」
「それを先に言ってよ!」
弓矢を持ってきた意味がない。
ラナ姉さんが剣で若木を切る。
結構柔らかいのか、簡単にジュニアトレントは切られ、動かなくなる。
なるほど、あれくらいのダメージを与えればいいのか。
なら――
「風の刃(強)!」
風の刃がジュニアトレントを切り裂く。
やっぱり魔法だよね。
結局、いつも通りの狩りに変わった。
取ったジュニアトレントは、ラナ姉さんに言われて持ってきたマジックポーチの中に入れる。
ジュニアトレントは乾燥させるといい薪になるらしい。
一番大変だったのは、根っこを掘り出す作業だったが、土操作のお陰で簡単だった。
重さについても、土人形にやらせたので苦労しない。
「って、ラナ姉さんも少しは手伝ってよ」
ラナ姉さんはステータスカードをじっと見ていた。
「セージ、レベルが上がった……」
「おめでとう。じゃあ、手伝って……って、どうしたの?」
ラナ姉さんが全然嬉しそうじゃない。
むしろ、目に涙を浮かべている。
「スキルを覚えたの……」
「そうなんだ。ラナ姉さん、スキル持ってなかったもんね……って、なんで悲しそうなの?」
「ロジェ父さんに悪いような気がして。エイラ母さんは魔法でなんでもできるし、セージもこんなでしょ? 家の中でスキルがないの、ロジェ父さんだけになっちゃう。だって、ロジェ父さん、前の家でも……」
「ラナ姉さん、そんなこと考えてたんだ。ロジェ父さんは喜んでくれると思うよ? ロジェ父さん、よくラナ姉さんのこと話すもん。ラナ姉さんが得意なところとか、頑張ってほしいところとか。ラナ姉さんの成長を誰より喜んでいるロジェ父さんが、ラナ姉さんがスキルを覚えたからって嫉妬したり孤独を感じたり、そんな嫌な気持ちになるわけないよ」
「そう? そうなのかな?」
ラナ姉さんの顔が僅かに明るくなる。
「うん。ところで、何のスキルを覚えたの? やっぱり剣術?」
「召喚魔法よ」
「イセリアが嫉妬するかもしれない」
まさかの魔法か。
しかも、召喚魔法って、結構珍しい魔法じゃなかったかな?
法則魔法の一種だけど、術式は解明されていなかったと思う。リディアも使えない。
永遠とも思える時間構築魔法の研究をして、転移魔法ですら使えるリディアも知らないのだから、たぶん構築魔法では誰も使えないだろう。
「試しに使ってみるわね」
「待って待って待って! ここで変な魔物が出てきたら危ないから! ロジェ父さんとエイラ母さんのいるところでやろ!」
「えー、ちょっとくらいならいいでしょ? 私は魔力が低いから強い魔物は出てこないわよ」
「ちょっともダメ! それでもダメ!」
僕はそう言って、残りのジュニアトレントを回収し、文句を言うラナ姉さんを連れて家に帰る。
その間もラナ姉さんはずっと文句を言ってた。
覚えたばかりのスキルを使ってみたいというのは、買った漫画を直ぐに読みたいと思う心理と同じだろう。
でも、歩きながら漫画を読むのが危険なように、覚えたばかりのスキルをいきなり使うのは危ないと思う。
ロジェ父さんに向けてくれる気遣いを僕に向けてくれたらいいのに。
「さっきのお礼にセージにだけ先に見せてあげようと思ったのに」
訂正、僕への気遣いの方向性を考えてくれたらいいのに。
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