第259話 全てを賭ける覚悟

 完全勝利だ。

 テルが僅かに腕を怪我したが、回復魔法で治療する。

 盗賊たちも縄で縛りあげてから最低限の治療を施す。


「畜生、解きやがれ!」

「なんでガキがこんなに強いんだ!」


 治療が終わった途端、盗賊たちが騒ぎだす。


「どうせセージくんの魔法で治せるんだし、全員喉を潰しておいたら静かでいいんじゃないかな? あまり騒がれると馬のストレスになっちゃうからね」


 アムが笑いながら言う。その笑顔に一点の曇りもないのが、逆に怖い。

 盗賊たちが一斉に黙ってしまう。

 いやぁ、凄い脅しだなぁ……脅しだよね?

 とりあえず、これで仕事は終わりだな。

 ここからなら、鉱山町の詰め所に引き渡せば問題ないか。


「弱いわね」


 ラナ姉さんが手ごたえのなさに不満そうだが、強い相手より弱い相手の方がいい。

 強ければ経験値がいっぱい貰えるってわけでもないしね。


「気にしないでよ、ハントくん。テルは普段から魔物と戦ってるから慣れてるだけだから」

「そんなの、俺だって同じだ。くそっ」


 戦いで怯えて動けなかったハントをウィルが慰めるが、効果はないようだ。


「ラナさんもテルも自分の役割を果たしてる。アムだって馬を守りながら周囲の警戒をしてたし、セージとウィルさんも後衛としての役割を果たしてるのに俺だけ何もできなかった」


 こういうとき、どう言葉を掛ければいいんだろうか?

 気にするな? 次は頑張れ?

 もっといい言葉がないだろうか?

 そう思っていたら、ラナ姉さんが来て言う。


「うじうじしてるんじゃないわよ。みっともないわね」


 慰めに来たと思ったら、トドメを差しに来やがった。


「ハント、あんたに足りないのは覚悟よ! それだけ!」

「戦う覚悟が俺に足りてないってのか?」

「違うわ」

「じゃあ、死ぬ覚悟か?」

「そんなの持つ必要ないわよ。死んだら何もできないじゃない」


 ラナ姉さんは抜いたままの剣を振り下ろす。

 その切っ先がハントの鼻の前で止まった。

 そして、ハントの目を見て言った。


「あんた、ギャンブルをしたことはある? お金でもお菓子でもなんでもいいわ」

「あ……あぁ、遊び程度なら」


 ハントが頷く。

 スローディッシュ領の領主町が村だったころから、犬レースとか小さな賭け事はこっそり行われている。

 あまりにも大規模で行われたら問題だが、小規模で、しかも仲間内での賭けの場合、ロジェ父さんも見逃しているらしい。

 僕もハントに誘われたことがあり、見学くらいはしてみたかったんだけど、一応領主の息子なので断ったことがある。

 でも、なんでギャンブルの話なんだ?


「私、ギャンブルって嫌いなのよね。だって、賭けれるのってお金だけで、別に全財産なくなったって死ぬわけじゃないでしょ?」

「……借金とかして後がない状況じゃなければ」

「私はね、全部賭けてるの。お金もプライドも命もセージのことだってね。私が負けたら、逃げたら、戦わなかったら全部失う。だから戦えるのよ。あんたに足りないのは、全てを賭ける覚悟よ」

「……全てを賭ける覚悟」


 ハントがいまの言葉を受け止めるように言うが……ラナ姉さん、さらっと僕の命を自分の賭けの対価に加えてた。

 戦うのは勝手にすればいいが、僕を巻き込むのはやめてほしい。

 ラナ姉さんが死んでも僕は絶対に生き残ってやる。


「セージ、それより警戒を緩めないでね」

「どうして?」

「敵が弱すぎるのよ。私の相手にならないのはわかるけれど、だからといってテルと互角に戦える盗賊なんかをわざわざ雇って差し向けたりしないでしょ?」


 そう言われてみれば、確かに弱すぎる気がする。

 それを聞いて、アムが尋ねる。


「あんたたち、誰に雇われて私たちを襲ったのかな? 僕のお馬、いまお腹空いてるんだよね。正直に言わない人からお馬の餌にしちゃおうかな?」


 アムの言葉に合わせるように、馬が大きな口を開いて嘶いた。

 盗賊たちは涙を流して怯える。

 馬は草食動物だから、普通は人間なんて食べないけどね。


「お、俺たちは東の領地から流れてきたばかりなんだ! ここにいけば魔石を運ぶ馬車を襲えるって聞いて」

「雇われてねぇ! 俺たちは自由だ! 本当だ!」

「おいら、力があるから盗賊なんてやめてうちで働かないかって酒屋に声を掛けられたことならあるが」

「お前、俺たちを裏切ってカタギになろうってのか! 卑怯だぞ!」


 盗賊たちが騒いでいるが、誰一人ヒマン商会のヒの字も出さない。

 様子がおかしい。


「スカイスライムで合図を送った仲間はいまどこにいる?」


 スカイスライムについて尋ねた。


「スカイスライム? スカイスライムってなんだ?」

「お前、そんなのも知らないのか? 子供の玩具だよ。近所のガキが遊んでた」

「スカイスライム? 子供の玩具が何の合図になるんだ?」

「それは……なんでだ?」

「そもそも、俺たちに他に仲間はいないぞ」


 雇い主のことを黙るのはプロの盗賊もどきとしては理解できる。

 スカイスライムの仲間の居場所を言わないのもその仲間を守ろうとしているのだろう。

 だが、スカイスライムを使って連絡を取り合っていたことを黙る理由は――


「まさか、本物の盗賊⁉」


 僕が思わず叫んだ途端――


「狙われてるわっ!」

「狙われてるっ!」


 またもラナ姉さんとウィルが同時に叫ぶ。

 危険予知スキルも発動した。

 全然警戒していなかったので、魔法の発動が一歩遅れる。

 ヤバイっ! と思った次の瞬間、ラナ姉さんが僕に飛んできた矢を剣で切り落とした。


「みんな大丈夫っ!?」

「私は問題ありません」

「私も馬も大丈夫だよ」

「俺も平気だ」

「メー」

「盗賊が何人か命中したけれど、命に別状はなさそう」


 どうやら全員無事のようだ。

 するとまたも飛んでくる矢――


「な、なんなんだよ、これは!」


 半狂乱になる盗賊たちだが、今度はウィンドシールドをちゃんと発動させ、矢を弾き飛ばす。

 それでもまたも飛んでくる矢。

 だが、矢が無限に出てくる矢筒なんてものは、それこそファンタジー小説の中にしか存在しない。

 奴らにも限度が来たようだ。


 前方から現れる盗賊たち。

 いや、今度はわかる。

 さっきの盗賊たちより強そうな雰囲気を漂わせて、自信に満ちているこいつらは、ヒマン商会に雇われた本物の偽盗賊だ。

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