第41話 魔王の望み

「ここは?」


 目の前には霧の立ち込める湖があった。

 雰囲気的に、おどろおどろしい幽霊でも出てきそうな感じがするが、異世界だと幽霊とかも魔物なのだろうか? それとも怪談の幽霊は別物だろうか?

 なんてどうでもいいことを考える余裕があるのは、最初だけだった。

 突然、見知らぬ場所にやってきて、僕は混乱し過ぎて逆に冷静に考えていたらしい。

 そして、冷静に考え、辿り着いた先にあったのは、さらなる混乱だった。


「セージ様、ここはダンジョンの三十九階層だぜ?」


 俺の混乱の元凶――魔王フォースが俺に言う。

 ゼロの目をすり抜け、俺を誘拐した張本人。

 ここが本当に三十九階層だというのなら、ゼロの助けは期待できない。ゼロは零階層から出ることができないからだ。当然、アウラも――


「アウラは大丈夫なのか?」

「アウラ? ……あぁ、あのアルラウネのことか。あれは俺様オリジナルの石化魔法だ。普通の回復魔法じゃ元に戻すことはできない」

「――っ!」

「怒るな。最後まで聞けって。普通の回復魔法じゃ戻せないが、ゼロは普通じゃねぇだろ? なんたって、俺と同じ力を持つ天使だ。あいつなら、時間は少し必要だが、元に戻すことができるさ。言っただろ? 俺様にとってセージ様は恩人なんだ。その恩人の友達ダチを痛めつけて嫌われたりしたら元も子もねぇからよ。あの石化は、むしろ俺とゼロの戦いにあの嬢ちゃんを巻き込んで傷つけないための保護なんだぜ?」


 フォースは悪びれる様子もなくそう言ってのけた。

 その言葉が百パーセント事実かどうかはわからないが、いまはこいつを信じるしかないか。

 この自称魔王を。


「それで、僕をここにつれてきたのは、ゼロへの嫌がらせ?」

「いんや、俺は魔王だからな。一つの階層に縛られてる他の天使共と違い、結構自由に動ける。枷が少ないんだ。だから――」


 とフォースは湖に向かって手を伸ばした。

 すると、湖の中から巨大な――ネス湖のネッシーを彷彿とさせる水竜が現れた。

 その首には、まるで見えない巨大な手に捕まれているような状態になっている。


「セージ様、少し離れてな――よっ!」


 とフォースが言うと、水竜は空を舞い、湖岸に頭から叩きつけられた。


「よし、こんなもんだろ。じゃあ、セージ様。あとはこれでトドメを差しな」


 そう言って、フォースは紫色の刀身を持つ刀を僕に差し出す。


「俺が作ったドラゴン殺しの魔剣だ。普通の武器なら、セージ様の攻撃力に比べ、ウォータードラゴンの防御力が高すぎてダメージを与えることができないが、こいつはドラゴン族相手に防御力を無視してダメージを与える特攻特性が備わってる。これなら、セージ様でもドラゴンを殺せるはずだ。これを殺せば――そうだな、レベル10くらいにはなるんじゃねぇか?」

「もしかして、パワーレベリングのために僕を連れてきたのか!?」

「ああ、手っ取り早いだろ?」


 確かに手っ取り早い。

 一頭倒すだけでレベル10。余剰経験値も、それこそ何十万ポイント、もしかしたら何百万ポイントも手に入るはずだ。

 そうしたら、目標にしていたステータス隠蔽や、写真記憶のスキルを入手した上で、残った経験値で他のスキルを入手したり、ジャガイモの種芋をもっと買ったり、トンカツソースだって買うことができる。

 

 いや、待て、それはあまりに僕にとって都合の良すぎる展開だ。


「何が狙いだ? そんなことしても、フォースに得はないだろ? 僕のためだって言うつもりか? もしかして、その武器が呪いの剣で、手にした途端に呪われてフォースの配下になるとかしないよな?」

「おいおい、俺は魔王だぜ? 本気でセージ様を配下にしたいなら、そんな回りくどい真似しないさ。仮にこの剣が呪われているとしたら、さっきのアルラウネを人質に取って、『この剣を握らなかったらこいつを殺す』って小物臭漂うことをやってるぞ? というか、セージ様をわざわざ配下にする意味って、俺にあるのか?」


 言われてみれば……確かにない。

 異世界通販本を使えるのが僕だけってのもあるけれど、僕にあの本を使わせるつもりだとしたら、僕を攫うときに一緒にあの本も持ってきているはずだ。

 そして、フォースの言う通り、それらを確実にしたいのなら、アウラを人質にするだろう。


「まぁ、そう言われても簡単には信用できないか。なら、セージ様に少し話をするが、俺はダンジョンの中だと、四十階層から零階層まで好きな場所に移動できるんだが、セージ様が暮らしている世界だと、魔王城の奥の玉座の間にしか行くことができない。いや、そこから出ることができないんだ」

「魔王城? そんな場所があるのか?」

「ああ、セージ様の世界にある地底迷宮って呼ばれるダンジョンの最下層にな。地底迷宮は有名だから、調べたらすぐにわかる。魔王城の存在は、一部の特権階級の奴らしか知らないがな。魔王が滅べば、すべての魔物は人間を襲うのをやめて、世界は魔物の脅威を排除することができる。だいたい百年間から三百年の間な。そして、三百年したら再び魔王が現れ、魔物も狂暴化する」

「そんな設定があるのか……いや、ゲームだとむしろよくある設定か……」


 そういえば、神にもそんな話をしたような気がする。

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