第245話 異世界グミ

 完成したグミを味見してみる。

 葡萄のグミ、林檎のグミ、ブラックベリーのグミ、かわりダネでは塩とレモンの塩グミとクラフトコーラグミの五種類を作った。

 塩レモングミが意外と美味しいな。

 夏の熱中症対策によさそうだ。


「感触が面白いですね。小さいですが、食べている感じがします。食べるジュースという感じですかね?」


 一緒に味見をした奥歯でクラフトコーラのグミをしっかりと噛みしめながら言う。


「ただ、わらび餅以上にスライムみたいな食感なので、昔から住んでいる人には受け入れられないかもしれないですね。スライムしか食べる物が無かった時代の話は何度も聞かされてますから。『あの食感は忘れられない。歯ごたえがありなかなか呑み込むこともできず、腐った獣を食べていたようで臭みが口の中に広がり続ける。ただただ食べるのが辛い。でも、食べなければ死んでしまう。そういう時代だった』と言ってました」

「うわぁ……」


 スローライフじゃなくてサバイバルライフの生活だ。

 日本の戦後に食べるものがなくて木の皮を食べたとか、そういう類の話だ。外側は硬くて食べられなかったんだけど、内側の柔らかい内樹皮を食べたとかそういう話。

 でも、遥か昔のことではなく、ロジェ父さんがここの領主になる前には普通にあったことなんだろうな。

 グミを食べてもらう人は選ぶようにしないと。


「じゃあ、レオンにも食べてもらってくるよ」

「パーティの料理はたくさん用意してありますから、食べ過ぎないでくださいね」

「うん、わかったよ」


 僕はそう言ってレオンのところに行く。

 リビングでロジェ父さんとエイラ母さんと話していた。


「なんだ、二人もいたんだ」

「ああ、セージが新しいお菓子を作るって聞いてね」

「セージの作ったものはいつもトラブルになるからね。できたときに食べておかないと」

「失礼な。今回はただのおやつみたいなものだから、そこまでトラブルにならないよ」


 僕はそう言って、グミを差し出す。


「これがスライムみたいなお菓子か。まさか、本当にスライムが使われているんじゃないよね?」

「違うよ。グミって名前のお菓子でね。素材は牛骨と砂糖とジュース」

「「「牛骨っ!?」」」


 三人が驚く。

 まぁ、これまで骨といったら捨てられる部位だったからね。

 我が家では僕が厨房に入るようになってから、出汁に使うようになったが、それでも牛骨からお菓子を作ったことがないから驚かれる覚悟はあった。


「骨で出汁を作るのかい? ビーフブイヨンスープだっけ?」

「ううん、味はまったくしないよ。テリーヌってあるでしょ? ゼリー寄せ。あのゼリーになる成分だけを抽出してお菓子作りに応用してるんだ」

「どうやってそのゼリーになる成分だけを抽出したのかしら?」

「魔法で鍋の中の空気の圧力を上げて沸点を上げることでゼリーになる成分を抽出したうえに加水分解した」


 エイラ母さんの質問に答えると、三人はまた変わったものを見るような目で僕を見る。

 それほどおかしいことを言ってるだろうか?


「セージ、圧力を上げると沸点が上がるってどういうこと?」

「ええと、ロジェ父さんとエイラ母さんは昔世界中を廻ってたよね? 高い山の上とかでキャンプをしたことがある?」

「うん、何度かあるよ」

「雪山のキャンプは魔法無しじゃ大変だったわよね」


 おう、二人のサバイバルキャンプ、ちょっと気になる。

 そっちを深掘りしたいが、いまは魔法の説明だ。


「そこでお湯を沸かすときって、いつもよりお湯が沸きやすいのに、野菜とか煮えにくい経験ってない?」

「確かにあったね。いつも通り料理をしてるのに野菜が生煮えだったことがあるよ」

「あれって、高い場所だと空気が薄いから、水が沸騰しても水温が普段より低いからなんだよ。だから、逆に魔法で空気の量を増やしたら沸騰したときの水温が高くなって煮えやすくなるんだ。ちなみに、今回は魔法を使ってるけど、密閉した鍋の中に水蒸気をためて圧力を上げる圧力鍋の開発をバズにお願いしてるから誰でも使えるようになるかも」

「また勝手にそんなことをして……」

「でも、鍋に蓋をして圧力を上げるだけなら簡単にできそうだね」

「とんでもない! 圧力鍋は危険なんだよ。それこそ作り方を間違えた圧力鍋ができたら、爆発しちゃうこともあるんだから」


 僕が説明すると、ロジェ父さんもエイラ母さんもまたもドン引きしていた。

 それが全てだよね。

 もちろん、バズにも危険性はきっちり伝えていて、事故が起きないように対処してくれている。

 安全に使えるようになるまで、レオンに使わせるつもりはない。


「グミ食べていい?」


 レオンが尋ねた。

 そうだ、いまは圧力鍋の説明はどうでもい。

 レオンも説明に飽きたようだ。


「うん、いいよ。これがリンゴ味とブドウ味、ブラックベリー味。こっちが塩レモン味とクラフトコーラ味だよ」

「いろんな味があるんだ」


 レオンが目を輝かせる。

 うんうん、やっぱりいろんな味があるって子供からしたら嬉しいよね。

 レオンが選んだのはリンゴのグミだった。


「美味しい! ぷにぷにしてる!」


 それを見て、ロジェ父さんとエイラ母さんがそれぞれグミを一つ摘まむ。

 この二人、可愛いレオンを毒見役に使ったな。


「本当に美味しいわね。噛み応えがあっていいわ」

「いいと思うけど、僕はスライムを思い出して少し嫌だな」


 どうやら、ロジェ父さんはスライムを食べた経験があるらしい。

 なるほど、異世界でグミ――世代と場所によっては、販売は難しそうだな。

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