第273話 花畑で
サイクロンポテト。
ジャガイモを螺旋状に切り、拡げて揚げる。
あとは塩を振ったりケチャップを付けたりして食べるだけ。
味はポテトチップスに近いけれど、このインパクトだけで十分売りになる。
作るには本来技術のいるものなのだが、この調理具があれば切るだけなら小さな子供でもできる。
なにしろ、取りつけて回すだけなんだから。
串に刺さっているので食べ歩きもしやすいので、市場での販売も視野に開発していた。
「味はフライドポテトよりジャガイモの薄揚げに近いのですね」
「うん、食べ応えのあるポテトチップスだね」
螺旋が途切れないようにするため、ポテトチップスを作るときより少し厚めに切っているので、厳密にいえば少し違う。
ポテトチップスも既にこの町で売られている。
アルミコートパッケージによる湿気や酸化防止ができないので作ったものを輸送はできないが、町の酒場などで提供されている。
この町の人気の食事だ。
僕にとってはおやつなんだけど、この世界では酒のつまみとして有名だ。
「この構造も面白いが、この調理具が凄いな。SサイズからLLサイズまで、いろんなジャガイモの大きさに対応している」
タイタンはサイクロンポテト製造マシンを見て言う。
エルダードワーフの自慢の一品だからね。
タイタンが仕組みを調べて、鍛冶屋で作らせてみてもいいかと聞いてきたので、快く了承した。
特許料については今まで通りってことで。
「螺旋構造……」
「ミント、どうしたの?」
ミントがサイクロンポテトを見る。
そして、彼女は串から外すと、伸びていたサイクロンポテトが少し縮んだ。
揚げているので半分も縮まない。
今度はそのサイクロンポテトを軽く押している。
揚げたときに形が固定されたのか、軽く押して縮こまったサイクロンポテトが元の形に戻った。
「この構造……何か思いつきそうなのですが……伸びているものが縮もうとする」
「何かって?」
「例えば、金属で作ったらどうなるのでしょう」
――っ!?
本当にミントは凄いな。
それって金属バネの発想じゃないか。
この世界には、まだそれは存在しない。
バネのようなものはあるんだけど、それは自然にある物を使ったもので、金属で作ろうとした人なんていないと思う。
たぶん、普段から魔道具の制作現場に足を運んでいた彼女だからこそ、その発想に至ったのだろう。
「あ、すみません。私ったら食べ物で遊ぶなんて」
「ううん、ミントは研究熱心だなって感心してたんだ。確かに金属で作ったら面白そうだね」
「師匠たち、似たもの夫婦になりそうだな」
タイタンはそう言って、自分の串に残っていたサイクロンポテトを被りついた。
食事を終えた僕たちは、次の目的の場所に向かうことにした。
たぶん、この町一番のデートスポットだと思うその場所へ。
「セージ様、町の外に出るんですか?」
「うん。でも直ぐそこだから」
僕はそう言って彼女を案内する。
町の外に広がる畑で育てられている作物は、昔からの大麦や蕎麦、オーツ麦、あと少量の小麦。
そして最近面積を広げてきたジャガイモ畑。
最後に――
「凄く幻想的な光景です」
ミントが口を手で押さえ、その光景を目に焼き付けている。
そこに広がるのは花畑だった。
ピンク色の花がまるで絨毯のように拡がっている――って表現が月並みだな。
「セージ様、この花はなんですか?」
「学名スライム花って呼ばれるこの町特産の花だよ。スライムに食べさせるとスライムが変異するんだ」
「スライムが食べるための花なんですか?」
「うん。でも、とても綺麗でしょ?」
「はい、とても――」
僕とミントはしばし、この花畑の光景を満喫することにした。
そして、彼女に言う。
「ミント、君に受け取ってほしいものがあるんだ」
「私にですか?」
「うん。これ――」
僕はポケットから小さな木箱を取り出し、その蓋を開けた。
その中に入っていたのは黄色い宝石のついている指輪だった。
「指輪――あ、この宝石」
「うん、イエローガーネット。僕とミントとロジェ父さん。三人でダンジョンに行ったときに見つけた宝石を加工したんだ。あの時から、これを指輪にして渡そうって決めてたんだ」
アイリスお婆ちゃんには気付かれていたみたいだけどね。
ミントがこの町に来たとき、この花畑を見ながら渡そうって決めていたんだけど、彼女がここに来るまで六年以上かかってしまうなんて思いもしなかった。
「遅くなってごめんね」
「セージ様――」
ミントがそう言って僕に抱き着いた。
ドキっと心臓が跳ねあがる。
ミントが僕の耳元で囁く。
「どうか謝らないでください。とても嬉しいときに、謝られたら変な気持ちになってしまいます」
「ごめ……ううん、待っていてくれてありがとう」
「待っていません。私の心はずっとセージ様と一緒です」
「婚約の証として、この指輪を受け取ってくれるかな?」
「はい! 喜んで受け取ります」
僕はその場に跪き、彼女の手を取ってその細い指に黄色い宝石のついた指輪を嵌めた。
こうして、僕のデートはサプライズプレゼントとともに大成功したのだった。
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