第203話 正しい町、楽しい町

 修行空間の休憩室で、土操作の魔法で作ったミニチュアの家や積み木式の城壁を並べて、町作りを再現してみる。

 この模型で何もない場所は、実際のところ何もないなんてことはない。

 

 村で働く人の大半は農民だ。

 街作りとなると、一部の農地を開拓する必要がある。

 土地は広いけれど、平らな場所は全部農地になってるからな。

 蕎麦の収穫が終わり、作付け前なので都合がいいんだけど、だからといって、慣れ親しんだ畑を手放すとなると反発は大きいかもしれない。

 そのあたりは、ロジェ父さんの人徳と、あとはお金かな?

 それと、町になったら村人全員が農民というわけにもいかないかな?

 町の維持というのはそれだけ大変だ。

 いまの治安維持は自警団と騎士、騎士見習いで行っているが、今後は衛兵の雇用も必要になるだろうし、バズだって人員はもっと欲しいはずだ。

 食堂と宿もいまのままではダメだ。質はともかく、規模も数も足りない。

 食堂と宿のミニチュアを置く。

 中心になるのは、バズの商会だ。

 倉庫は警備が厳重なところにしないといけないから、衛兵の詰め所の隣がいいかな?

 あぁ、町の広場が埋まったらさすがに怒られる。

 バズの商会を手ごろな空き地にしたらそこが広場のある場所だったので、それを別の場所に――どこにしよ?

 今の仮店舗の土地だと絶対に狭いよね。


「セージ、何してるの?」

「町作りだよ」

「面白そう」

「考えるのは面白いけど、実際に実行するとなるとプレッシャーだと思うよ」


 目の前にある土の家には当然誰も住んでいない。

 しかし、これから動かす家には人が住んでいる。畑には持ち主がいる。

 城壁を作れば太陽が遮られて洗濯物が乾きにくくなる家もある。

 なにより、作業の一つ一つに予算と時間が必要になる。


「アウラならどんな町に住みたい?」

「町ってゲームにあるようなやつ」


 そうだった。アウラにとって町とはゲームの中でしか存在しないものだよね。


「うん。町っていうのは、人がいっぱい住んでいる場所だよ。リアーナたちが住んでいるような家がいくつもあって、そこで生活してるんだ」

「ダンジョンもあるの?」

「あはは、そういう町もあるかもね。でも、普通の町にダンジョンはないかな?」

「じゃあ、魔物を狩ったりはしないの?」

「魔物を狩る人もいるけど、みんな畑を育てたり、物を売ったり、町を守ったり、いろんな仕事をしてるんだ」

「ゼロみたいだね」

「ゼロほど有能な人はいないかな?」


 村民が全員ゼロみたいに有能だったら、僕は何も働かなくていいだろう。

 いや、既に民主主義にとって代わられ、貴族の地位が危ぶまれているかな。


「それで、アウラはどんな町にしたい?」

「お花畑がいっぱいある町がいいな」

「花畑か。いいね」


 冗談ではない。

 花は食べられないけれど、心の癒しになる。

 食事に余裕ができて、

 空いている土地に花畑を作るのもいいよね。


「セージはどんな町がいいの?」

「僕が望む町? そうだなぁ……」


 どうすれば負担が少なく、みんな納得する町にするかばっかり考えていたけれど、僕が住みたい町は考えてなかった。

 ここで、僕が悪友に押し付けられたライトノベルの展開だと、学校を作ったりするんだろうけど、この世界に五年間住んでわかる。

 学校はまだ必要ないと思う。

 識字率を上げるより、今日食べられる食事を用意したほうがいい。

 計算できるようになるより、作物の病気の種類を知った方がいい。

 職業選択の自由? そんなのは、人材が十分に確保できてから考えればいい。


 僕が望むとしたら――


「そうだね。市場は欲しいかな。いまのところ、食べ物以外は雑貨屋で、食べ物は行商人のバズから買うか、持ってる人を探して購入するしかないんだよね」

「セージ、食べるの好きだもんね」

「うん。一番好きなのはカニだけどね」


 たぶん、日本人は世界一、食べることに執着している民族だと思う。

 その日本人が、食べたいときに食べたいものが食べられないというのはとても辛い。

 僕は異世界通販本のお陰で、食べたいものを我慢しなくても済む環境にあるけれど、その辛さはわかっている。

 つまり、僕の望む町には、様々な食材のある市場は必須。

 となると、氷室が欲しいな。

 屋敷の食糧庫は、エイラ母さんや僕が定期的に氷魔法で作った氷を配置しているが、それでも冷凍庫とまではいかない。せいぜい、燃費の悪い冷蔵庫だ。このあたりはミントの魔道具開発に期待するしかないと思っていたが、村単位ともなると、氷室を作っておきたい。

 僕は土魔法のミニチュアを作り、市場や氷室を町に加えた。

 そうだ、大豆畑も欲しい。

 隣村で作っているっていうのなら、この村に作ってもいいよね。

 大豆の加工場を作って、豆腐と納豆ともやしも作ってもらおうかな?

 納豆はアウラに嫌われないように倉庫に封印しているけれど、あそこにある納豆菌を使えば作れるはずだ。

 豆腐は海水を煮詰めればにがりを……って、海がないのか。

 となると、海への道が必要になるな。

 大森林を通って海に――リエラさんに頼んで通してもらえないだろうか? エルフにも顔が利くようだし。なんなら、にがりの作り方を教えて、そのにがりだけ輸入してもいい。


「セージ、楽しそうだね」

「うん、楽に作れる町より、自分で作れる町の方が楽しいね」


 領民より自分のことを優先しているのは領主としてダメなのかもしれないかな。

 でも、ちょっとくらい意見を言ってもいいかもしれない。

 街づくりが始まる前なら、僕の要望も少しは通るだろう。 

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