第224話 移り行く世界
七輪、炭、網。
松茸とサンマは、これを使って焼くのが一番だと僕は思う。
黒い炭の中心が赤く光っていく。
その上に松茸を載せた。
「ソーカ、そっちは任せてもいい?」
「任されたでござる。セージ殿も」
「うん、任せて」
現在、ソーカの完成した新居の厨房で、松茸料理をしていた。
僕が作っているのは土瓶蒸しだ。
この土瓶、本当は僕が土操作で作ろうとしたのだけれども、僕の魔法だと中の水分を完全に抜くことができず、火にかけると割れてしまう欠陥品であることがわかった。
そのため、見本を作った後、エイラ母さんに頼んで作ってもらった逸品だ。
さらに、具材が欲しかったので、ラナ姉さんの貸しを作って川にカニを採りに行ってもらった。
日本酒がないので、代わりに麦酒を使ったり、すだちがないので代わりに柑橘系の他の果物を使ったりとあるもので作っている。
出汁も昆布も鰹節もないので、やっぱりキノコ出汁になってしまうが、それでもいい感じになるはずだ。
「セージ殿、焼けたでござるよ」
言われなくても、さっきから醤油と焼けた松茸のいい香りがこっちまで届いていた。
「食べる!」
箸で四つに裂かれているふっくらと焼き上がった松茸を摘まみ上げて口に運ぶ。
食べた瞬間に広がる熱々の松茸の香り。
醤油と塩の絶妙な味が口の中に旨味となって伝わった。
この世界に来て、また一つ美味しい食べ物に出会えた喜びを幸せと共に感じる。
「あぁ、松茸の香りが鼻に抜けていい感じ。美味しい」
「ヤマトの国の松茸とは違うでござるが、これもなかなか乙でござるな」
そんなに違うものなのかな?
って、僕が食べた松茸は全部中国産やカナダ産だった。国産松茸なんて高くて食べたことがない。
江戸時代って松茸は貴重品ではなく、普通に食べられているキノコだったっていうし、ヤマトの国でも普通に松茸は食べられているらしい。
ちょっと羨ましい。
と、そろそろ土瓶蒸しも出来上がる。
土瓶から立ち上がる蒸気が麦酒の香りを纏っている。日本酒を使ったものよりも、苦味と、そして果物が持っているような甘味の両方を感じる。
土瓶は二つ用意しているので、遠慮することなくおちょこに出汁を注いで飲む。
出汁を飲む。
笑いが止まらなかった。
蟹の出汁に松茸の香りがまとわりついている。
美食家だったら、蟹の味が松茸の香りを殺しているとか言うかもしれないが、僕からしたら美味しいものと美味しいものを組み合わせて不味くなるわけがないと言う感じだ。
つまり、旨いのだ。
「幸せだ」
「本当に美味でござる」
そう言うソーカは、厨房の窓から裏庭に生えた老木を見上る。
すでに葉は赤く色付き始めていた。
「セージ殿、外で飲まぬでござるか?」
「うん、僕もそれがいいと思う」
焼き上がった松茸と土瓶蒸しを持って外に出た僕たちは、ソーカが作ったらしい、不格好ながらもしっかりとしている長椅子に座り、老木を見上げて土瓶蒸しを食べる。
秋を感じる。
「季節は廻れど時は廻らず。ただ移り行くのみ」
「毎日同じ日が続いているように見えても、世界は変わっていくってこと?」
「いかにも。何もしなくてもそれは同じでござる。どうせ変わるのなら、できるだけいいように変えたい。それが人生でござる」
「美味しい物を食べてね」
「ふふっ、それもまた一興」
ソーカは小さく笑い、土瓶蒸しの出汁に柑橘系の果実を絞って飲む。
修行空間では世界の流れから切り離された環境で同じことを繰り返しているように見える。
世界が移り変わらない。
その生き方は、果たして人生なのだろうか?
考えても答えはでないであろう。
僕は土瓶蒸しの蓋を開けて、中に入っていた蟹の足を取り出して食べた。
そうして、あらかた食べ終わったところで、誰かが屋敷の方角に走っていくのが見えた。
普通なら特に気にしないのだろうけれど、その顔はかなり焦っている様子だった。
「あれって、ロジェ父さんが雇った騎士の一人だったよね?」
「うむ、ジルバ殿でござるな。しかし、彼はつい昨日、リエラ殿の案内で、バズ殿の部下とクリトス殿とウィル殿、ギデオン殿と領主様の部下数名とともに西の森に向かったはずでござる。何かあったでござろうか?」
「……行ってみよう。嫌な予感がする」
「うむ」
七輪の火が消えていることだけを確認し、僕とソーカは屋敷へと戻った。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
屋敷に戻るとさっきのジルバさんがロジェ父さんに報告を終えたところだった。
「ロジェ父さん、何があったの!?」
「西の大森林――その近くの谷の砦で大規模な土砂災害があったみたいだ。多くの人が生き埋めになってるそうだ」
「――っ!? 皆は無事なのっ! ウィルとギデオンは!」
「落ち着きなさい、セージ。こちらから出した使節団は全員無事だ」
一瞬――よかった、と思ってしまった。
だが、よくない。
僕の知り合いが無事でも、多くの人が生き埋めになっているのだから。
ジルバ以外は砦の救助活動を行っているらしいが、土砂の量が多くて救助が困難しているらしい。
「土魔法を使える人はいないの?」
「土魔法でも、セージ様やエイラ様のように万能ではありませんから。リエラ様の魔法ならなんとかなるようですが――」
「そうだ、リエラさんなら魔力があるし、きっと」
「――砦の敷地内に入れてもらえませんでした」
「なんでっ!?」
「あの砦はエルフの侵入を防ぐために造られた砦だから、エルフである彼女を中に入れるわけにはいかないそうです」
「バカなっ、人の命がかかっているという時に――」
ロジェ父さんが叫ぶ。
こんなに怒るロジェ父さんは珍しい。
その声に、エイラ母さんとラナ姉さんも気付いてやってきた。
事情を説明する。
「ロジェ、私が――」
「ダメだ。エイラはまだ安定期前だし」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ? ロジェ、あなたも言ってたじゃない。人の命がかかってるの」
「待って! 僕が行くよ!」
「セージ。子供が行くような場所じゃ――」
「そもそも、今回の使節団の派遣だって僕が言い出したことなんだし、土操作の魔法も使えるし、マジックポーチがあれば救援物資を持っていくこともできる」
それに、修行空間で魔力を回復させれば、実質無限に魔力を使うこともできる。
いざという時は、修行空間でその時に必要な魔法をリディアに教えてもらうこともできる。
「ダメよ、セージ。王都や北の山、近くの森とは違うの。そんな場所に子供のあなたを行かせるわけにはいかないわ」
「そうよ、セージ。やめておきなさい」
エイラ母さんもラナ姉さんも反対か。
そりゃ、僕は五歳だし、いくらなんでも無茶だというのはわかっている。
でも――
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