第71話 影響受け過ぎ
ゼロが二本の釣り竿を用意してくれた。
それはいい。
竹の竿なんだが、リールがついている。竹製のリールだ。どうやって作ったのか聞く必要はない。ゼロだからというだけで片が付く。それもいい。
問題は、釣り具の方だ。
「ゼロ、これ、サビキ釣り用の釣り竿じゃないか?」
糸の先にカゴと小さな針がいっぱいついている。
僕は釣りに造詣が深いわけではないが、サビキ釣りは海での釣法だったはずだ。主に、堤防などで小鯵を釣るための餌のはずだ。
「はい。セージ様たちは釣りの経験はあまりないそうなので、まずは大物を釣り上げるよりも小物でも簡単に釣る事ができるサビキ釣りを――と思って用意しました。カゴにはビッグトードのミンチを入れてください。こちらに用意しています」
半分凍っているカエルのミンチ肉が用意されていた。
これで釣りできるの?
大丈夫?
あ、そうなんだ。
「でも、海なんて一階層にあるの?」
「はい。入り口から南東に二百キロ程いった先にあります」
太陽もないのでどっちが東か西かわからない世界で南東って言われても。
一応、方位磁石ならたった異世界通販本でたったの100ポイントで手に入るんだけど、そもそもダンジョンの中で方位磁石が使えるかどうかは知らない。
まぁ、川があるんだから、それを下って行けば海には辿り着くだろう。
だが、二百キロって、ちょっと釣りに行くには大変な距離だ。
異世界通販本で子供用の自転車を買っても辛い。
原付きバイクならいけるかもしれないが、舗装されている道じゃないし、子供の身体では乗りにくいし、なにより高い。車? 論外だ。一番安い軽自動車でも百万ポイント近くする。
……車まで買えるって凄いな、異世界通販本。
せっかく釣り竿まで用意してもらったけど――
「来たようですね」
ゼロが言うと、突然、フォースが現れた。
「よぉ、セージ様!」
現れたのはフォースだった。
今日は男の姿だ。
「セージ様、一階層で海までの道中は彼に任せることに致しました。どうぞこき使ってください」
ゼロがそう言って頭を下げる。
「ゼロ、フォースに連絡を取っていたの?」
「はい。さすがに歩いていくには海は遠いですから」
「そうじゃなくて――いや、それはありがたいんだけど、前のことはもういいの?」
フォースがゼロを殴った件のことを言った。
「鶏もいただきましたし、それに先ほど、正式に謝罪の言葉をいただきました。元々、私も彼もセージ様のお役に立つことを目的としています。やり方さえ間違えなければ、敵対する理由もありません」
敵の敵は味方というけれど、味方の味方も味方ってことか。
すると、フォースはアウラが睨んでいるのを見つけて笑いかける。
「どうだ、アルラウネ。ちゃんと謝ったし許してもらったぞ? これでいいか?」
「……アウラは別にいい」
別にいいなら、その不満そうな顔をやめてあげたらどう?
頭では許すって思ってるのに、心がまだ拒絶反応を起こしているってこと?
まぁ、時間が経てば解決するかな。
そんなわけで、僕とアウラとフォースの三人で、一階層に行き、アウラの蔦の椅子に乗り、フォースの結界付きの飛翔により、海へと目指した。
アウラは別にフォースの背中に乗ってもいいと言ってくれたんだけど、僕の方が断った。
フォースと一緒なら安全だとわかっていても、人の背中に乗るより、蔦の椅子の方が座りやすいと思ったからだ。
空の旅も二回目ともなると慣れたもので、景色をのんびり眺める余裕もある。
といっても、最大時速はジェット旅客機以上の速度を出すフォース、あっという間に遠くに海が見えてきた。
そして、海に到着。
うん、海だ。
浜辺だ。
白い砂、靄のかかった青い雲に、やっぱり遠くに靄のかかった青い海。
太陽がないからサンオイルを塗っても意味がないだろう。
まぁ、紫外線を気にする現代人にとっては喜ばれる海岸だ。
なにより人がいない、泳ぎ放題。
危険な魚もいないらしい。
ライフセーバーはフォースがやってくれるから安全。
水着を持って来ていたら、釣りに飽きたらアウラと水遊びもできただろうに。
「大きいっ! セージ、凄い水だよ!」
といって、アウラは海へと走っていく。
服を着たまま海に行ったら危ないよ。靴くらい脱いで!
と言おうとしたら、片足を突っ込んだところで戻ってきた。
泣きそうな顔をしている。
「どうしたの?」
「……この水、キライ」
え? なんで? と思ったら、フォースが教えてくれた。
アウラの足はそのものが植物の根の役割、つまり人間でいうと口と同じ役割もしている。
つまり、海の水を初めて飲んだ子供のような反応になってしまったそうだ。
うん、しょっぱいよね。
地球と同じ海だとしたら、塩分濃度がたったの3.4%だなんて信じられないよね。
どうやら、アウラと水着になって遊ぶのは無理なようだ。
……そういえば、ハントに貰った塩の出る野菜があったけど、アウラもいま吸った塩は、葉っぱから出したりするのだろうか? それとも別のところから出すのかな?
深く考えるとセクハラになりそうな気がするので、思考停止することにした。
「ここで釣りをするの?」
「いや、海岸での釣りは素人には難しい。あの岩場がいいんじゃねぇか?」
フォースはそう言って、黒い岩場を指差す。
そういえば、海辺の砂浜って白いのに、何故かああいう岩って黒いよね。
「岩場か……フジツボとかカメノテとかついてたりするの?」
「いんや? 貝はいないな。エビとかタコはいるが。魚の餌となるプランクトンもいるし、沖にいけば、小魚を食べる大型の魚もいるぞ」
「魚以外だとスライムしかいない階層なのに、魚の種類は多いんだな」
「神の奴が、一時期コミュニケーションゲームにはまっていたらしい」
釣りゲーではなく、コミュニケーションゲームなのか。
アニマルの森かな?
そういえば、ゲームの話をしているとき、あのゲームについても色々と話をしたような気がするが、それも参考にしたらしい。
もしかして、しゃべる動物人間とか現れないよな?
よし、早速始めるか。
釣り竿の簡単なセッティングはフォースがしてくれたので、僕はスライム解体の時に使っていた手袋を嵌める。アウラはフォースのやり方を見て、自分で挑戦していた。
うん、やっぱり続きは僕がやる。
えっと、カゴの中にミンチ肉を入れるんだよな。
うん、大丈夫、カエルは美味しい。鶏肉と同じ。これは鶏のミンチと同じだ。
大丈夫、ゼロのことだ、内臓部分は処分してくれているはず。
考えてみたら、カエルのミンチくらい、ミミズを餌にすることに比べれば大した辛さじゃないはずだ。
カエルの足を切るときの方が気持ち悪かった。
「あのあたりに投げてみな」
フォースに言われた場所を見る。
竿ごと投げるなんて古典的なミスはしない。さすが、ゲームで予行練習しただけのことはある。
竿を振ることなく、蔦を使ってちょうどいい場所に沈めた。
僕も竿を振るう。
糸が固定されていたのか、全然飛ばなかった。
「いいか、ここに指をかけて、こうだ。垂直に振りかぶるんじゃなくて、真横から投げろ」
フォースが親切に説明をする。
フォースが言った場所からかなりズレた。
アウラがど真ん中だったというのに。
少しズルいと思う。
と思ったら、アウラの竿にいきなりヒットが――さらには僕の竿にも。
僕は直ぐにリールを巻き取る。
釣れた。
「よっし!」
たぶん、小鯵だと思う。
似た魚かもしれないが、小鯵と呼ぶ。
アウラは釣り上げていないない。
リールの巻き方がわからないのだろうか? と思ったら、ようやくリールを巻いた。
針には五匹の小鯵がついていた。
小鯵の一家を釣り上げた。
まさに一家釣りというやつだ――正しくは一荷釣り。
そうか、他の魚がかかるまで待ってたのか。
一匹釣れてはしゃいでしまった自分が少し情けない。
「ほら、バケツ」
「ありがとう」
海水の入ったバケツに小鯵を入れた。
僕の小鯵が、アウラの釣った小鯵に食べられそうなくらい小さく見えた。
次こそは大物を釣ると覚悟を決める。
竿を投げる。
今度は思ったところに仕掛けが沈んだ。
横でアウラがイカを釣っていた。しかも三匹。
サビキ釣りでイカのイッカ釣り――じゃなくて一荷釣りなんて聞いたことがない。
アウラが凄いのか、釣り竿が凄いのか、それともこんな世界を創った神が変なのか。
と思ったら、ようやく僕の竿にも手ごたえが。
これは間違いなく大物の予感。
少し待ち、釣り上げる。
「セージ凄いっ! 黒い! なにそれ?」
「えっと、これは――」
長靴だった。
黒い長靴だった。
どうやって針に引っかかったのかわからない。
釣り上げるまでは完全に魚の手ごたえがあったはずなのに。
人のいないダンジョンの海に長靴。
この世界はゲームの影響を受け過ぎだと思う。
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