第43話 姉補正
「セージ、レベルが上がったわよね」
元の世界に戻った途端、ラナ姉さんは僕が何かを言う前にそう言った。
うん、こう言われることがわかっていて、スライムを倒した直後に修行空間に行ったんだった。
レベルが5に上がった後、魔王と出会ったり勇者の話を聞いたりしてすっかり忘れていた。
この姉は、実際に体を動かしたわけでもなければ、特に動いたわけでもないのに、一瞬でレベルが上がったことを見抜いてきた。
「うーん、自分だとよくわからない」
「レベル3ね」
……断定された。
もしかしたら、ラナ姉さんの瞳の中には、戦闘民族が愛用するという戦闘力を測定する眼鏡が初期装備として組み込まれているのではないだろうか?
仮に戦闘力が上がったとしても、4から5に上がった程度でザコには変わりないんだから、わざわざ気付かなくてもいいのに。
「ラナ姉さんがそう言うなら、レベルが上がったのかな?」
「そろそろだって思ってたのよ。さて――」
ラナは僕の腕を掴むと、勝手に関節を動かす。
いったい、何を調べてるのだろうか?
「セージはやっぱり典型的な魔法タイプなのかしら? あんまり強くなった感じがしないわね」
「え? そんなのわかるの?」
「関節を動かしたらわかるでしょ、普通」
どうやら、ラナ姉さんは普通という言葉の意味すらわからないくらいバカらしい。
そんなのわかるわけがない。
というか、なんでレベルが上がったのはわかるのに、強くなってないって言ってくるかな。
強くなってると思うよ……少しは。
「なによ、その顔」
「ラナ姉さん、模擬戦お願いしていい?」
「実際に戦った方がセージにはわかりやすいわよね。いいわ、一度家に帰りましょ」
ラナ姉さんがいつにもましてご機嫌だ。
戦うのが大好きなラナ姉さんの琴線に触れたらしい。
僕たちは一度家に帰り、中庭で模擬戦をすることにした。
木剣に綿の入った布を巻きつける。
いわば、ウレタン棒のようなものだ。
これで顔に当たっても痛くない。
なんて思った時期が僕にもありました。
「セージ、早く起きなさい」
「痛くて起き上がれないんだよ」
「なんでよ。布で保護してるから痛くないでしょ?」
僕もそう思ってた。
でも、痛かった。
綿を巻いて衝撃を殺しても、ラナ姉さんの攻撃は威力が違う。
フォースが作った剣みたいに、防御力無視の特攻スキルがあるんじゃないだろうか?
「ねぇ、ラナ姉さんってレベルいくつだっけ?」
「レベル6よ。前に言ったのに聞いてなかったの?」
「……聞いてたけど認めたくなかった」
僕の本当のレベルは5で、ラナ姉さんとは一つしかレベルが変わらない。
なのに、この決定的な違いはなんだ?
ステータスに年齢によるマイナス補正が入っているのだろうか?
いや、むしろ弟補正のマイナス効果と、姉補正のプラス効果があるのかもしれない。
姉より強い弟など存在しないのだ。
「ほら、立って。もう一度よ」
「ええ、もうわかったよ。ラナ姉さんの強さも、僕の弱さも」
「弱いってわかったのなら、戦いなさい! 剣の強さはステータス以上に経験よ! セージと前に模擬戦をしたときはもっと強かったわよね? 最近素振りサボってるでしょ」
実際、その通りだ。
最近は弓矢の訓練や魔法の練習ばかりしていて、修行空間での素振りは怠け気味だった。
修行空間で長い間訓練をしていると、その間の技術は経験として身に着くが、しかしその分それ以外の経験が抜け落ちていく。
今度から、修行空間で訓練をするときは、剣の素振りも付け加えないと。
「わかった。素振りをするよ」
僕はそう言って立ち上がり、やる気を示す。
ここで倒れたままだと、ラナ姉さんに何を言われるかわからない。
「実践に勝る経験はないわ。立てる元気があるなら、戦えるわね」
「立てると戦えるは全然違うよ」
「違わないわ。戦場だと立てなくなるほど疲労した状態でも、そこから戦ってどう生き残るかが重要なのよ。剣が折れて、足が折れて、それでも敵がいるなら戦うしかないでしょ?」
ラナ姉さんの言葉は半分正しいらしく、僕は立てなくなる状態になるまで実践訓練してもらい、立てなくなる状態になり、生き残るためにどうやって訓練を終わらせようか思考を巡らせる羽目になった。
まぁ、さすがに本当に立てなくなるくらい疲労困憊になった僕に、それ以上訓練させるほどラナ姉さんは鬼じゃなか……いや、やっぱり戦いの鬼だ。
普通、五歳の男の子を立てなくなるまで訓練でしごいたりしない。
「物足りないから、草原にスライム狩りにいってくるわ」
ラナ姉さんは、僕との訓練で疲れるようなものではなかったらしい。
体力は無尽蔵なのだろうか?
ステータスカードを見たところ、物凄い値というわけではなかったはずだが。
「……やっぱり、姉補正」
僕はポツリと呟くが、手の甲をポリポリと掻いているラナ姉さんには聞こえなかったらしい。
って――あれ?
「ラナ姉さん、その手どうしたの?」
「これ? 変な虫に刺されたのかしら、気付いたら変な痣ができていたのよ」
何か模様のように見える痣を僕に隠して、ラナ姉さんは言った。
もしかして、あの痣って勇者の――いやいや、そんなわけない。
きっと、ラナ姉さんの言う通り変な虫に刺されたのだろう。
僕の予想は正しかったようで、次の日には、ラナ姉さんの手の痣は消えていた。
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