第66話 スカイスライム大会(その2)
バズが来たというのに、これ以上は受付に来る人もおらず、受付の仕事も終わりのようだ。
「バズ、審査員長はしてくれるんだよね?」
「もちろんっす。セージ様にも審査員はしてもらうっすよ?」
「それは手伝うよ。あとはロジェ父さんも?」
「もう一人の審査員はバナーシャさんにお任せしてるっすよ」
「バナーシャさん?」
聞いたことがない。
女性だと思うけれど、村の人だろうか?
「知らないっすか? タイタンさんの奥さんっすけど」
「え? タイタンって結婚してたの?」
いや、ティオという娘がいるんだ。
タイタンがどこかで落ちている子供を拾ってきて育てたのではない限り、その母親――つまり妻がいるってことになる。
「でも、なんでタイタンの奥さんに?」
「俺はスポンサー、セージ様は開発者、そしてもう一人は審査に文句を言えないトップの人間になってほしかったんっすけど、領主様は大会に参加するっすから公平性に欠けるっすよね? それで、参加しない人間で村の人が逆らえない人って言ったら、バナーシャさんしかいなかったんっすよ」
「タイタンも逆らえないの?」
「一番逆らえない人物っす」
……おぉう。
そんなに鬼嫁なのか。
タイタンも苦労してるんだな。
料理ばかりやって家族サービスしてないとかでいつも殴り飛ばされているんだろう。
「まぁ、話はわかった。あとは任せていい? 僕は大会が始まるまでのんびりしてるから」
「あ、待って欲しいっす。これから大会前に主催者側の挨拶が必要なんっすけど、さっき言った通り領主様は参加者側っすから、代わりの人に挨拶してほしいんっすよ」
「それならバズがしたら? スポンサー――賞金出してくれたのもバズなんだし」
「貴族の皆さんを差し置いて俺が挨拶なんてできないっすよ」
それもそうか。
だったら……って、もしかして。
「ここは、スカイスライムの開発者で、領主様のご子息であるセージ様に挨拶をお願いしていいっすか? あと十分後くらいっすけど」
……なんだって?
いやいや、でも子供の僕にそんなことを――
「安心してほしいっす。セージ様が言うことっすが――」
「あ、すでに原稿を考えてくれているから、覚えて喋ればいいのか? 十分あればギリギリ覚えられるか……」
「子供が前に立った時点で、どうせ誰も期待なんてしないっすから、普通に挨拶だけしてくれたら『かわいい』で終わりっすよ」
今のは少し腹が立つ。
確かにその通りだ。
子供が立って、「今日は集まってくれてありがとう。大会頑張りましょう!」というだけでも、「五歳の子供の挨拶だしこんなもんだよな」で終わると思う。
むしろ、「みんなの前で緊張せずによく言えました!」と拍手ももらえるだろう。
だが、最初から期待していないって言われるのはなんか腹が立つ。
でも、原稿を考える時間も覚える時間もないよな。
こうなったら――
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
「こんにちは。スローディッシュ家の嫡男、スカイスライムの開発者のセージ・スローディッシュです。参加される方も、見学にいらした方も、この村に在住の方も遠方よりお越しの方もお集まりくださりありがとうございます。スカイスライム大会という素晴らしい大会を開催することができ、大変嬉しく思っております。初めての大会ですが、このような好天に恵まれ、まさにスカイスライム日和となりました。これも、この日に向けてスカイスライムの制作をなさった方、スカイスライムを飛ばす方、そして応援をなさった方の努力を神が見て下さっていたのだと思います。見た目通り、そして経験の上でも若輩者でございますが、楽しい大会にできるように努力致しますので、よろしくお願いします」
数百人の拍手が起こる。
はぁ、こういう代表挨拶みたいなのは前世でもしたことがなかったが、なんとかなった。
ロジェ父さんの笑顔が優しい。立派なことを言ってる僕を誇らしげに思ってるんだろ。
エイラ母さんは苦笑しているようだ。普段変なことばかり言ってるのに、なんでそんなこと言えるの? って顔をしている。
ラナ姉さんはスカイスライムを調整している。僕の挨拶なんて全然聞いていなかったに違いない。
僕はとりあえず、バズのところに向かった。
「どうだった?」
「驚いたっすよ。前もって挨拶の練習考えてたんっすか?」
「まぁ、一応ね。でも今回だけだよ」
実際のところ、修行空間にいって挨拶の草案を考え、練習して戻ってきたわけだ。
三時間くらいかかったかな?
ゼロも考えてくれたんだけど、子供の僕が喋るには不自然なくらいの完璧な草案でさすがにそれを使うことはできなかった。添削して子供らしくしてもまだ堅苦しいんだもん
「素晴らしい挨拶でした。さすがは次期、領主様ですね。私、感服しました」
そう声を掛けてきたのは、バズの隣にいた美人だ。
三十歳くらいだろうか?
大人の色気を感じる。
もしかして、バズの奥さん?
バズが年上好きだったとは知らなかった。
「はじめまして、セージ・スローディッシュです」
「はじめまして、いつも亭主がお世話になっています」
お、やっぱりバズの――
「タイタンの妻のバナーシャです」
「え!?」
嘘だろ?
いや、そう言われてみれば、どこかティオに似た感じがしなくもない。
ティオは普段、言動がガサツなせいで見落としてしまいそうになるが、結構美人だよな?
それを成長させたら――
そうか、確かにティオの母親というなら納得できる。
でも、タイタンの妻というのは納得できない。
それより――
「なんだ、バズ。さっきの話だと、バナーシャさん、とっても怖い人みたいに聞こえたけど、物凄い優しそうで美人じゃないか。怖がって損したよ」
「わ、わ、セージ様、ちょっと待って――」
「まぁ、バズさん、そんなこと言ってたの?」
「うん、村の人は誰もバナーシャさんには誰も文句を言えないとか、タイタンは絶対に逆らえないとか言ってたね」
「あらあら。ふふ、そんなわけないのに」
「そうだよね」
優雅に笑うバナーシャさんを見て僕も笑みが零れる。
まったく、僕を怖がらせようとして、バズは酷い奴だな。
「ところで、セージ様。さっき、ハントくんとカリンちゃんが話したそうにしていたわよ。少し時間があるから挨拶してきたらどうかしら?」
「え? 本当に? じゃあ、そうさせてもらいます」
バナーシャさんは親切だな。
タイタンの奴、今度あったら絶対にひやかしてやろう。
僕はそう思いながら、ハントたちを捜しに行く。
「じゃあ、俺もちょっと――」
「あ、バズさん。審査のことでちょっとお話があるので、時間をいただけますよね?」
「いや、その」
「い、た、だ、け、ま、す、よ、ね」
ハントを捜していると、背後からゴブリンの断末魔のような悲鳴が聞こえた気がするんだけど、うん、たぶん野生のゴブリンが来てラナ姉さんにでも狩られたのかな?
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