第214話 もう一つの身体
修行空間の倉庫。
その広さは、学校の体育館くらいある。
その体育館がいま、溢れようとしていた。
原因は、マジックポーチだ。
これまで、持ってダンジョン探索から持って帰ることができるものは僕とアウラ、二人で持って帰ることができるくらいの量だった。しかし、マジックポーチを入手してから、荷馬車一台分の荷物が運べるようになった。
そして、五階層――ダンジョン階層はとにかく魔物の種類が多い。
そのため、倒した魔物はとりあえず手あたり次第にマジックポーチに入れて持って帰った。
結果、倉庫には処理しきれない魔物の死体の集積所となってしまった。
ゼロに頼んだら解体してもらえるが、解体したところで使い道がない。
ハイエルフは肉を食べない。
アウラは肉を食べるけれど、どちらかといえば肉より果物や僕が魔法で出した水が好みだ。
ハイエルフの服は特別な製法でできているものらしく、そう簡単に摩耗しない上、ここは気温も穏やかなので毛皮を服に加工する必要もない。せいぜい、敷物にする程度だし、それも既に作り終えてしまった。
かといって、いまからダンジョン内に捨てにいくのも何か違うと思う。
ゼロに頼めば、倉庫を拡大してもらえるので、そのままにしていても問題ないんだけど、どうせなら有効利用したいと思っていた。
ただ、僕が直接持っていくわけにはいかない。
どこで手に入れたのかと聞かれたら、何も答えられない。
「どうやって冒険者ギルドに売ったものか……」
僕の秘密を守ってくれる代理人を立てて売ってもらうという手もあるが、そんな都合のいい人物が思い浮かばない。
適当な人間を選んでも裏切られる可能性だってある。
変装して――子供の状態だと変装したところで子供だしな。
性別を偽るのが精いっぱいだ。
「変身スキルはいかがでしょうか?」
「変身! その手があったか!」
さすがゼロだ。
確かに変身すれば身分詐称など楽勝だ。
ステータス偽造があれば変身スキルを持っていることも、ステータスカードの内容を変えるのも余裕。
犯罪臭半端ないけど、悪いことをするわけじゃないからね。
むしろ、冒険者ギルドも儲かってWIN-WINだ。
ということで、異世界通販本を開く。
「変身、変身……げっ」
必要な余剰経験値80万。
高いな。
まぁ、僕が大人になるまでには覚えられると思うけれど。
「セージ様、こちらならポイントも控えめですよ」
その項目を見た。
【特定変身(セージ専用)】
なにこれ?
消費経験値が1ポイントって安すぎる。
あれ? スキルは最低経験値1000じゃなかったっけ?
安すぎて逆に怖い。
僕専用っていうのもなんか怖い。
「変身スキルは他者に変身できるスキルですが、特定変身スキルは特定の人物に変身スキルです。通常の変身スキルと違い制限時間もなければ、能力の制限もないので使いやすいですね」
「特定の人物って?」
「神下誠二様です」
神下誠二――って、前世の僕っ!?
「前世の姿になれるってこと?」
「はい。セージ様の前世の御身は神が保存していますので、それを使用します。変身と申していますが入れ替えに近いですね」
「……僕の身体、まだ残ってたんだ」
てっきり、転生したときに消滅したと思っていた。
僕が望めば、元の肉体のまま転移できたってことか?
一応、考えてくれてたのかな?
いまさらセージ・スローディッシュの人生を放棄しようとは思わないけれどね。
「デメリットは? レベル1からやり直しとか、元の身体に戻れないとか」
「ステータスとスキルに変更はありませんし、元に戻れます。ただ、スキル使用中は現在の身体が成長しなくなります」
「逆に、前の僕――神下誠二の身体はあの時のままってことなんだ」
「はい、そうなります。セージ様がこのスキルを本当に必要とする日までは表示されないようになっており、私からも伝えることができませんでした。申し訳ございません」
「いいよ、別にこのスキルが手に入ったからといって変身したいとは思わないし」
せいぜい、修行空間では元の身体の方が動きやすかったかもしれないなと思うくらいだ。
でも、子供の姿だったからアウラと仲良くなれたかもしれないし、そう考えるとプラスマイナスでいえば、プラスの方が多いと思う。
僕は本を閉じた。
「修得なさらないのですか?」
「うん。冒険者ギルドができるのはまだ先だしね。その時にでも覚えるよ」
「かしこまりました」
別にいま身体を変える必要もないからね。
そういえば――と僕は思い出したように尋ねる。
「エルダードワーフはどうなったの?」
「そのことですが――おや、ちょうど来たようです。セージ様、倉庫を出ましょう」
ゼロに促され倉庫を出ると、男姿のフォースがいた。
「よぉ、セージ様。ゼロ、調査してきた。エルダードワーフだが六階層にいやがった」
「数は?」
「三人だ。千五百年前にファーストの奴に罰として放逐されて、そのまま忘れられてたらしい」
「それで、被害のほうは?」
「かなりやられてる」
二人が話をすると、フォースはどこからともなくアラビア半島あたりの人がつけるような首の後ろまで隠れる帽子――クーフィヤを僕に被せた。
一体何が始まるというのだろうか?
「セージ様、六階層に一緒に行くぞ」
「え? フォースも一緒に?」
「ああ。見てもらった方が早いからな」
よくわからないけれど、ゼロが何も言わないということは必要なことなのだろう。
「アウラも一緒に行っていい?」
「じゃあつれてきてくれ」
ということで、僕はアウラを呼び、三人で六階層に向かった。
そして、そこで僕が見たのは大都市だった。
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