第74話
「国を潰すだと!?
あぁ、そうか。 この私とした事があまりにも迂闊であったわ」
クーデルスの言葉に誰よりも早く反応したのは、ベラトールであった。
敵の狙いはせいぜいティンフアの街だけだと思っていたが、そう言われると彼にも色々と思いあたる節がある。
「あら、何のことかしら?」
しかし、クーデルスの糾弾に対してもフィドゥシアは愛らしい仕草で首をかしげた。
だが、彼女の本性を知るクーデルスにとってその仕草は、むしろ神経を逆撫でされたような気分になる代物であった。
「この国の腐敗と混乱は、西の魔王である貴女の策謀ですよね。 そう考えれば色々としっくりと来るのです」
「ただの偶然ではございませんと?」
この女、あくまでもシラを切るつもりらしい。
その態度に、クーデルスとベラトールの機嫌がどんどん悪くなっていった。
唯一、モラルだけが『冷静さを取り戻す』という名目で男二人の苛立ちを吸い上げてご満悦である。
「その偶然が、色々と重なりすぎているんですよ。
だいたい、この世界は神々が実権を握っているせいでそうそう政治的腐敗は起こりにくいんです」
神々は人の及びも付かない方法で彼らの動向を見守るし、腐り始めたる要素が見られたら、天罰の名の下に容赦なく排除するのだ。
神の羊とはよく言ったもので、人は神にとっての家畜のようなものである。
社会的な腐敗など、けっして許さない。
そう。
よほど神が無能であるか……外部からの干渉が無い限りは。
かつてのハンプレット村は前者であり、今回のケースはおそらくそうではない。
それがロザリスの行動を観察した上で出した、クーデルスの結論であった。
「気になったのは、リンデルクの街の腐敗具合でした。
わりと神経質なユホリカ神が、あそこまで政治腐敗に気づかず放置するほうがおかしいのです。
詳しく聞く事はできませんでしたが、おそらく政治に目を向ける余裕が無くなるようなものが何かあったと考えるほうがシックリと来るのですよ」
隣の領の守護神であるベラトールが頷いて、クーデルスの台詞を肯定する。
「ロザリスさんに関しても、本来ならば辺境を魔物から護る盾としてなら十分に機能するはずでした。
ですが魔物が辺境からいなくなりはじめ、都市として発展してしまえば話は変わります」
そう、よく観察すれば不自然な魔物の減り方をしたのだろうが、あのロザリスのことだから自分の努力の成果だと信じて疑わなかったことだろう。
そしてフィドゥシアのやり方も巧妙であったに違いない。
「やがて彼の戦闘神としての役目はほとんどなくなり、完全に専門外である内政に手をつけなくてはならなくなった。
本来ならば、新しく商業の神を迎え、ロザリスは次の守護地へと向かっていたはずです。
しかし、なぜか中途半端に魔物が発生することでロザリスさんはその都市にとどまり続けなければならなくなる。
そして、手の回らない商業部分が暴走を始める……」
その結果が、あの胡椒の専売をはじめとする富裕層の支配だったのだ。
もっとも、魔王たちがそのような策謀を用いて人間社会を攻撃する事は珍しくない。
むしろ遥か昔から延々と繰り返されてきたことである。
「あと、フェイフェイさんは隠れ悪魔教徒……つまり貴女の信徒ですね?
しかも、貴女の頭文字であるFを名前の中に二つも組み込んでいるほど熱心な。
それに自らを御しきれないほど金にがめつい方でしたから、さぞ使いやすかったでしょう?」
「何を言っているのかサッパリわかりませんわ」
さも不愉快だといわんばかりのフィドゥシアだが、クーデルスはむしろそれが嬉しいといわんばかりに口角を吊り上げた。
「あの程度の人が、国一番の大富豪だなんて笑わせてくれます。
ですが、誰かが裏で操っていると考えれば納得できるのですよ」
「きっと気のせいですわ」
口元を扇で隠すフィドゥシアだが、眉間に刻まれた皺までは隠せない。
「ふふふ、まだこの国を滅ぼす算段が付いていませんからね。
今の段階でそれを認めると、色々と差支えがありますよねぇ。
フィドゥシアさん、貴女、今、最高に嫌な顔をしてますよ?」
その指摘に、フィドゥシアは何も答える事はなかった。
ただ、その沈黙が雄弁に真実を物語る。
「……疑問に思うだが、なぜこの国を滅ぼそうとする。
魔帝王領から遠く離れたこんな場所を攻撃したところで、領地が増えるわけでもなかろうに」
そんなベラトールの疑問に答えたのは、クーデルスであった。
「場所に関しては、特に意味はないかと。
たぶん、自分の信者が多くいたりして滅ぼしやすそうだったからとか、そういう理由だったんじゃないですか?
あと、どこかの国を滅ぼせば自分の株が上がるからという理由じゃないかと」
クーデルスの台詞に、またもやフィドゥシアは何も答えなかった。
ただ、クーデルス刺すような視線を送るだけである。
「なんだとっ!? そのようなくだらない理由で……」
「そんなくだらない理由で動くから、この女は魔王なんですよ。
しかも、私と違って存在自体が邪悪で不幸しか生み出さない」
その台詞に、モラルとベラトールから生ぬるい視線が注がれた。
すると、フィドゥシアは急に笑い出した。
「まぁ、クーデルスともあろうものが見落としをしていましてよ?
だって、私はとても幸せになりますもの」
目を細め、快楽に酔いしれるような声で彼女は告げる。
「けど、おっしゃるとおり街一つ程度壊したところで、この西の魔王にふさわしい所業とはいえませんわ!
どうせやるなら、国ごと滅ぼしたほうが私らしいと思いませんこと?
それに、神や人類は我々の敵。 滅ぼして何が悪いのですか」
だが、クーデルスは肩を竦めて溜息をついた。
「これだから誰かを愛する事を知らない雌狐は……。
それが本当に幸せだと思っているのですか?
さも自分が何もかも知っているような顔をしていますが、貴女ほど愚かな人はいませんよ。
貴女は何も知らない」
「この私が愚かだと? ……屈辱ですわ。
私が何を知らないというのです」
そして、一呼吸をおいてからクーデルスは言ってはいけない言葉を口にしたのである。
「だって貴女……初恋もまだ知らないんでしょ?」
その瞬間、フィドゥシアの目が絶対零度の冷ややかさを帯びた。
「クーデルス……本気で私の敵に回るというのならば、必ず後悔しましてよ」
「しませんよ。 私と貴女は元から仲良くなんか無いでしょ。
むしろクーリャと並んで子供の頃から私を苛めてきた天敵みたいなものです」
クーデルスの台詞に、通信画像の向こうからギリッと僅かに何かがきしむような音が混ざる。
その音を聞きながら、何かを察したモラルは溜息と共に小さく「罪作り」と呟いた。
ベラトールもまた、処置なしとばかりに首を横に振る。
どうやら南の魔王は、好きな相手ほど苛めたいという理不尽な感情をご存じないらしい。
「クーデルスなんて……クーデルスなんて、大ッ嫌いですわ!!」
そしてフィドゥシアが叫び声をあげながら手にした扇を振り下ろすと、ブツンと大きなノイズを立てて通信が途切れた。
「愚かな方ですね。 救いの無い刹那の快楽に溺れ、本当の喜びを知らない。
誰かを不幸にして喜びを得られても、いつかそれは誰かの憎しみとなって自分に返ってくるでしょう。
あんな彼女ですが、恋を知れば少しは変わると思うんですけどねぇ。
……あぁ、恋はすばらしい」
だが、その芝居のかかった台詞に頷くものは誰もいない。
その反応の薄さに、クーデルスはひとり首をかしげるのであった。
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