第104話

 翌日、指定されたカフェにやってくると、そこにはすでに二人の男がアモエナを待っていた。

 先日、クーデルスに呪われて猫と蛇になっていた二人だ。


 そしてアモエナが近づくと、ふたりのうち大柄な中年男……舞踏団の団長あった男が立ち上がり、優男もそれに続く。

「おお、一人で来るとは思わなかったぞ。 まずは茶でも飲むか?」

「よかったら、茶菓子も注文してあるんだ。 ここの焼き菓子はどれもお勧めだよ」


 なお、クーデルスとは未だに仲直りが出来ず、今朝も貰った果実が偽物であることが発覚してひと悶着あったため、今日はアモエナ一人でここに来ていた。

 てっきりここに来ることを強く抵抗があると思っていただけに、団長たちにとっては想定外の展開だ。


「いえ……結構です」

 この国の一般的なお茶は草の根を干したものであり、クーデルスの提供する茶になれたアモエナの口には合わない。

 あの居心地のよさもあの悪魔の作戦の内なのだろうと、アモエナはいまさらながらに舌打ちをした。

 その渋い顔を素っ気無い態度と見て取ったのか、団長はそのライオンに似た顔を軽くしかめる。


 ……やってしまった。

 アモエナが後悔しても、もう遅い。

 そのまま二呼吸ほど沈黙が続き、気まずい空気の中で再び団長が口を開いた。


「まぁ、聞いているとは思うが、王立舞踏団が解散することになってな」

「とても……残念です」


 どちらの口調も硬い。

 解散の原因はウフィッツィーの国家反逆行為だが、引き金は間違いなくアモエナの我侭であるからだ。

 後悔していないとは言わないが、いまさらこの現状はどうにもならない。


「まぁ、今となってはそれもいい機会だったと思う。

 パトロンがいたのは心強かったが、最近は色々と芸術がわからない輩からの注文が多すぎてね。

 いささかいささか窮屈だったんだ」


 どこか遠い目をして、団長はそんな強がりにも似た言葉を口にする。

 すると、その横にいた優男が不意に笑顔で話しかけてきた。


「そこで、我々は新しく舞踏団を立ち上げようと思っているんたけけど、その一員として君をスカウトしたい。

 どうだい、アモエナ君」

「え、私ですか?」


 言うまでもなく、アモエナにはまだ踊り子としての実績が無い。

 ティンファの街での評判は高かったかもしれないが、その評判だけでスカウトに値するかといえば微妙なところである。

 なによりも、まだこの二人はアモエナの踊るところを一度も見た事が無いはずだ。


「……理由がわかりません。

 私の踊りを見た事も無い人に誘われても、正直言って何が裏があるとしか思えないです」

 そんなもっともな意見に、団長は額に手を当ててしばし考え込んだ。


「まぁ、確かに全く裏が無いとは言わない。

 だが、君はあのカッファーナとドルチェスに気に入られている」

「それだけですか?」

「それだけじゃ足りないかい?」


 おそらく価値観の差というやつだろう。

 あまりにも身近すぎて、アモエナはドルチェスとカッファーナがどれほどの才能を持ち、どれほど気難しい存在かを正しく理解していなかった。


「迷うことなんかないさ。 僕たちと一緒においでよ。

 君と一緒に仕事が出来ると思って楽しみにしているんだ」

 白い歯を見せ付けるように笑いながら、優男がアモエナに誘いをかける。

 王立舞踏団の花形だっただけあって顔が売れているのか、周囲の席に座っていた女性たちから悲鳴のような歓声が上がる。


 だが、アモエナは少し困った顔をしてこう答えるにとどまった。


「あの、いきなりそんな事を一方的に言われても困ります」

 冷静にそう切り返され、優男はガックリと項垂れる。

 おそらくこの優男はアモエナをスカウトするための餌なのだろうが、クーデルスの素顔を見慣れているアモエナには全く効果が無いようだ。


 そんな様子に苦笑いを浮かべつつ、団長はさらにアモエナを誘うための言葉を紡ぐ。


「この話はドルチェスとカッファーナにもしてあるんだ。

 あの二人の才能も稀有な才能の持ち主だからな。

 ぜひともウチにほしい」

「はぁ……でも、あの二人、特にカッファーナさんがウンと言うでしょうか?

 あの人、好き嫌いがはっきりしているから嫌なものは絶対に拒否しますよ」


 アモエナの知る限り、カッファーナは自分の納得できない脚本を絶対に書かない。

 最初であったときも、ちょうどその手のトラブルでもめていたことを思い出し、アモエナは懐かしく感じていた。


「まぁ、正直にいって結構難しいと思っている。

 だが、君がウチに入ってくれるなら別だ。

 面倒見のいいカッファーナのことだから、たぶん頷いてくれると思うのだが……」

「私をエサにするんですか? けっこうズルいんですね」

 だが、下手にそのズルさを隠さない態度は嫌いではない。


「大人だからな」

 そう言って曖昧な笑みを浮かべた団長に、アモエナはこう尋ねた。


「一つだけ確認する事があります」

「なんだ?」

「新しい舞踏団では、ラインダンスをやりますか?」

「ま、まぁ……たぶんやると思うぞ。 流行っているからな」


 ラインダンスなど、団長にとっては演目の一つでしかない。

 流行が変われば、また新しい踊りをやるだけだ。

 そんなものをなぜわざわざ確認するのだろうかと、団長は首を捻る。


「じゃあ、やります」

「えらくあっさり了承したな。

 だが、一つこちらからも条件があるんだ」

「何でしょう?」


 すると、団長は咳払いをしてからこう告げた。


「お前さんと一緒にいた、あの大男……あれは不味い。

 俺が見た限り、あれは悪魔なんてチンケな代物じゃない。

 ひょっとしなくても、あれは魔王レベルの化け物なんじゃないか?」


 一瞬、アモエナの顔が強張る。

 実際には魔王どころか、魔王の中でもトップクラスの存在だ。


「でも、クーデルスは……」

「冷静に考えればわかるだろ?

 いくらなんでも、魔王に取り付かれた踊り子なんて、風聞が悪すぎる」

 言われてみればそのとおりなのだが、はたしてそんな事が出来るのか?


「すぐに答えを出せとは言わない。

 しばらく考えてから答えを聞かせてくれ」

 そう告げ、団長は会計を済ませて店を出て行った。


 そして団長と優男が店から見えなくなるまで、アモエナはまるで人形になる呪いをうけたかのように沈黙し、その場を動く事ができなかったのである。

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