第64話
宿に戻ったクーデルスたちが見たものは、まだ太陽が沈まぬうちから干し肉をつまみに酒を飲むロザリスの姿であった。
大股を開いて椅子の上に胡坐を姿は、その見た目のよさにも関わらず色気が全く無い。
「せっかく早めに仕事を終わらせてここまでやってきたというのに、私への扱いがあまりにも酷くないか!?
褒め称えよとまではいわぬが、ねぎらいの言葉ぐらいはあってもよかろう?
あと、私とはロザリスだ」
クーデルスの発言に、ロザリスは露骨に顔をしかめる。
が、クーデルスはもっと苦々しい表情をしていた。
「そういうことではありません。
私がせっかく封鎖しておいた街道を、どうしたのかということです。
あと、お行儀が悪い」
クーデルス、口をへの字にしながらロザリスの膝をピシャリと平手で叩く。
「痛っ!?
あぁ、あの崖崩れか? 人々が困っていたようだし、さっさと開通させてきたが?」
その瞬間、周囲の気温がスッと冷えたような感覚をおぼえた。
どうやらロザリスは、先ほどのクーデルスの台詞の中に「せっかく封鎖しておいた」という不可解な単語が混じっていたことに気づいていなかったらしい。
「何と言う……考え無しな事を」
「考え無しとはどういうことだ?」
クーデルスはその問いかけを無視すると、頭に手をやりながら忌々しげに呟く。
「役立たずの癖に、いいものを飲んでらっしゃる。 没収です」
ついでにロザリスが飲んでいたワインを取り上げる事も忘れない。
このワイン、わりと新しい銘柄ではあるが、値段のわりにとても美味しいのでクーデルスもお気に入りなのだ。
「お馬鹿さんが余計な事をしてくれたせいで仕事が増えました。 急いでいくつか手を打たなくてはなりません」
そんな事を呟きながら、クーデルスはそのままワインを片手に自分の部屋へと入っていった。
フラクタ君や居残り組のドワーフたちを呼び出して、今後の対策について相談をするつもりだろう。
「おい、ドルチェス。 一体私が何をしたというのだ!」
残されたロザリスは、いったい何がクーデルスを失望させたのかと、その場にいる面子の中で一番理解していそうな人間に声をかける。
すると、ドルチェスはあまり好意的ではない目をロザリスを見返し、しぶしぶといった感じで答えを返した。
「たぶんですが……暗殺者対策だったのではないかと」
だが、その言葉にロザリス、首をかしげる。
自分の発言とドルチェスの返答の間に、全く繋がりが見つからないのだ。
「意味がわからない。 なぜ暗殺者などの対策を考えなくてはならんのだ」
暗殺者など、よほどこちらに恨みがあるか利害が衝突していない限り雇うことは無いだろう。
街道を塞ぐ土砂を排除しただけで、なぜそんな事になるのだろうか?
いや、そんな事が起きるはずが無い。
すると、ドルチェスは大きく溜息をつき、どこかトゲのある口調でそれに答える。
「フェイフェイ氏とその支援者たちが私達を恨んでいるからですよ。
前回のアレで完全に心が折れたとは思えませんからね」
世事なれたドルチェスは、悪人と言う生き物がどんなにしぶとくて頑迷な生き物であるかを知っていた。
いまさら神の罰を受けたところで、すぐに立ち直ってまたロクでもないことを考え始めるだろう。
そもそも、あのフェイフェイ氏が神を敬っているとはとても思えなかった。
そう、逆恨みこそすれ反省などするはずも無い。
彼らにとっては、自らこそが神なのだから。
悪人とは、自己肯定の果てにある宗教と言っても良いだろう。
彼らを本気で改心させたいのならば、それこそクーデルスが策謀の限りをつくして発狂するまで陰湿に追い詰めるか、モラル神にお願いして徹底的に魂を浄化する必要があるのだ。
「そしてユホリカ神から破門された原因はどう見ても私達です。
社会的な地位を失った報復で、暗殺者を送り込んでくる可能性は高いでしょう。
街道の封鎖は、その牽制だったのではないかと」
だが、ロザリスはますますわからないといった顔をする。
「なんだと!? そんな馬鹿な!
彼らは十分に反省している。 街の外でも奉仕活動をしていると聞いているが?」
きょとんとするロザリスだが、どうやらそれが癇に障ったらしい。
ドルチェスは冷ややかな笑みを浮かべながら、ドロリと淀んだ視線をロザリスに向ける。
「なるほど、パトルオンネが荒れたわけです。
神とは思えない節穴ですね」
「貴様、この私を侮辱するか!!」
反射的に腰の武器へと手を伸ばすロザリスだが、ドルチェスは一歩も引かなかった。
「反省したような外面を取り繕って貴方を騙すことぐらい、彼らにとっては朝飯前でしょう。
あなたは人間と言う生き物を……特に悪人というものを全くわかってらっしゃらない」
「失敬な! その言葉、取り消せ!!」
その言葉と共に、ロザリスは剣を引き抜く。
だが、ドルチェスは侮蔑の色を強めながら、嘲笑うように告げた。
「いいですね。 暗殺者に狙われても怯えなくてすむほどお強い方は」
ギリッ。
ロザリスの唇から、きしむような音がこぼれる。
そしてその握った剣をゆっくりと振り上げた。
「一度だけたずねよう。 先ほどの言葉を取り消す気はあるか?」
「あるはず無いでしょ。 真実は曲げられませんから」
だが、ロザリスの剣が振り下ろされる事はなかった。
なぜなら、ロザリスの後ろには戻ってきたクーデルスの姿があったからである。
そしてクーデルスはロザリスの方にその大きな手を置き、溜息混じりに謝罪を口にした。
「ドルチェスさん、これは馬鹿に期待をしてしまった私のミスです。
もう少し人を見る目があると思っていたんですけど……まさか、悪人の見張りすらこなせないとは思ってもいませんでした」
クーデルスからこのようにいわれてしまうと、ロザリスは何も言い返せない。
むしろ自分が情けなさすぎて、どこか部屋の隅に逃げ込みたい気分だった。
「あぁ、ロザリーさんを責めるつもりはありませんよ?
これは、貴方の能力を把握できなかった私のミスですので」
優しい言葉ではあるのだが、その優しさが容赦なくロザリスのプライドを削り取る。
そして塩をかけたナメクジのように膝をついて萎れたロザリスの頭上で、クーデルスは力強い笑顔を浮かべながら告げた。
「それよりも、今後について話し合いをしましょう。
心配しなくても、暗殺者ごときはどうにでもなります。
貴方たちにには指一本触れさせません」
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