第65話

 さて、力強く宣言したクーデルスだが、その場の人間は誰一人安心しなかった。


 それも無理はないだろう。


 現実の問題は言葉だけでは何も変えられないことを知っているらかだ。

 誰かを護るのは、いつだって具体的な行動である。


 いや、それよりも問題なのは……クーデルスがどんな行動を考えているかであった。

 常識が無いことに定評のあるクーデルスのことだ。

 ほっておけば、物理的な被害はなくとも精神的な被害は甚大といったことになりかねない。


「ねぇ、クーデルス。 具体的にはどういうシナリオを描いているの?」


 勇気をもってそう尋ねたのはカッファーナであった。

 声が若干震えていたのは気のせいではあるまい。

 虫の入った瓶を開くのには勇気が必要なのだ。 しかも、クーデルスの頭に巣食っている毒虫など、誰が好んでみたがるだろうか?


「そうですね。 彼らの優先順位を少し変えて差し上げるというのはどうでしょうか?」

 そして飛び出してきた虫、もといクーデルスの吐いた台詞は、やはり意味がよくわからなかった。


「ど、どうやって? というか、それって意味があるの!?」


 困惑するカッファーナを尻目にクーデルスは笑みを深める。


「えぇ、私達の事なんかにかまってられないようにしてあげるのですよ」

 その台詞に、皆が寒気を覚えた。

 絶対にロクでもないことを考えているからだ。


 今度はどんな恐ろしいことを企んでいるのだろうか?

 せめて巻き込まれないようにしなくては……だが、クーデルスの手から逃げるのは容易では無いだろう。

 敵にしても味方にしても厄介な男なのだ。


「まぁ、それでも私達が手をうつ前に暗殺者のほうが行動を起こす可能性はあります。

 このまま領主の家に押しかけて、モラルさん経由で保護を依頼しましょう」

 そういいながら、クーデルスは何かをメモに書き記してドルチェスに差し出した。


「いや、クーデルスさん。 私達は一般人ですよ?

 この街の領主に保護していただくような身分では無いとおもうのですが」


 そんなドルチェスの訴えは、至極まともな意見であるといえよう。

 ただし、相手がクーデルスでなければだが。


「心配しなくても大丈夫ですよ。

 私のお願いを、モラルさんが断ると思いますか?」


 そう。 困ったことに、モラル神はクーデルスの要望を快く引き受けるであろう。

 同時に、保護を命じられた領主とその配下の人間が快く受け入れてはくれないことも間違いはなかった。

 身の安全と引き換えに、針のむしろと言う奴である。


「少しは私達一般人にも付いてゆける方向で話を進めていただきたいものです」

「まぁ、そう言わずに。 ……というより、ほかに良い方法があるならお伺いしますよ?」

「そんなもの……あるわけ無いでしょ」


 そもそも、暗殺者に狙われている時点で一般人の対応外だ。

 良い考えなどあるはずも無かった。


「では、ドルチェスさん。 宿を引き払う手続きを」

「わかりました」

「ロザリーさんは、厩舎にいってミロンちゃんを連れてきてください」

「ロザリスだ! ……まぁ、やれと言うならやってやらんことはない」


 そして残りの人間で荷物をまとめ、外に出てすぐの事だった。

 なぜか困惑した顔をするドルチェスを目線で黙らせ、クーデルスが呟く。


「ロザリーさん」

「ロザリスだ。 ……わかっている」

 クーデルスの声に、ロザリスはそのまま歩きながら腰の剣に手を伸ばした。

 次の瞬間、頭上から降り注いだ矢がロザリスの剣によって弾かれる。


「そこだ、曲者め!!」

 軽々と屋根の上に飛び上がったロザリスは、慌てふためく狙撃者を一刀両断の元に切り捨てた。


「ふはははは! 正義勝つ!!」


 狙撃手を討ち取り、勝ち鬨の声を上げるロザリスだが、クーデルスが溜息を吐く。


「あぁ、もぉ、護衛役が護衛対象から離れてどうするんですか!

 本当に役に立たない人ですね」


 そんな愚痴を吐いていると、背後からドアの開く音がした。


「な、なにこれ?」

「アモエナさん、下がっていなさい。

 馬車の覗き窓も降ろしても外から何も見えないようにするのです」


 気が付くと、馬車の周囲を、濃密な殺気が取り囲んでいる。

 続いて、パラパラと覆面姿の男たちが路地裏から現れた。

 白昼堂々の襲撃である。

 罪の無い一般市民たちは、荒事の気配を悟ったのか悲鳴を上げながら逃げていった。


「狙撃が失敗したときは白兵戦ですか。 これだから引き際すらわからない三流は困るのです。

 二流以上なら、最初の狙撃が失敗した時点で証拠を隠滅しながら撤収しているはずなんですがねぇ」


 挑発するかのようなクーデルスの台詞だが、男たちは返答代わりに刃物を引き抜く。


「おや、かわった挨拶ですね。 そんな玩具で何をしようというのですか?」


 むろん、普通の人間の力でクーデルスとドワーフたちが作った馬車に傷を付けることなど出来はしないが故の余裕だ。

 この動く要塞やクーデルスに傷をつけたかったなら、それこそ勇者や大賢者、あるいは聖女などといった人間をおやめになった方々の手が必要である。


「クーデルスさん、もしかして暗殺者ですか?」


 クーデルスが暗殺者たちの出方を伺っていると、馬車の中からドルチェスの声が聞こえてきた。

 流石に用心しているのか、馬車の扉は開けない。


「えぇ、たぶんそうです。 暗殺以外の用件にはちょっと見えませんねぇ。

 デートのお誘いにしては乱暴ですし、私に男に口説かれる趣味はありませんし」


 そう答えながら、クーデルスはミロンちゃんと馬車を繋ぐ金具を外していた。

 逃げる気など毛頭ない。

 ここで全て潰すつもりなのだ。

 そんなクーデルスの意図を悟ってか、ミロンちゃんが荒々しい鼻息と共に蹄で地面をガツガツと蹴る。


「暗殺者が来るにしても、動きが早すぎませんか? 何かおかしい……」

「それを考えるのは後ですよ、ドルチェスさん。 まぁ、すぐに終わらせますが。

 フラクタ君、やっておしまいなさい」


 クーデルスがそう声をかけた瞬間、街のそこかしこから時空を飛び越えて無数の触手が聳え立った。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ! なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「うわあぁぁぁぁぁぁぁ! 助けて! 化け物だぁぁぁぁぁ!!」


 ヌメヌメと蠢く悪夢の光景に、一瞬にして暗殺者たちの精神が壊れる。

 彼らは恐怖で腰を抜かして転げまわり、泣きじゃくりながら慈悲を求めた。


「ふっ、さすがフラクタ君。 完璧ですね」

 一撃も与える必要はない。 まさに、非の付け所も無い勝利である。


 なお、この後フラクタ君の機嫌がひじょうに悪くなり、アモエナとミロンちゃんによしよしと慰められる事になったのは言うまでも無い。

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