第66話

「さぁ、洗いざらい話していただきましょうか」

 古びた宿屋の一室に、クーデルスの低い声が響く。


 まだ外が明るいにも関わらず窓のカーテンは締め切られており、カンテラの明かりだけが部屋を照らしていた。

 床にはうっすらと光る魔法陣。

 その中央に、一人の男が手足を縛られた状態で投げ出されていた。

 魔法陣は、おそらく声を外に漏らさないためのものだろう。


「貴方たち、私達の行動についての情報をどこで手に入れました?」

 だが、男は口を閉ざしたまま何も喋らない。

 しかしクーデルスは大きく頷くだけであった。


「まぁ、そうでしょうね。 三流とはいえ、貴方たちはプロの暗殺者です。

 情報を吐き出すぐらいなら死を選ぶでしょうし、そもそも拷問に対する訓練をつんでいる」


 まるで尋問を諦めたかのような台詞だが、そう判断するにはまだ早い。

 むしろそう簡単に口を割られては楽しみが無い……暗殺者はかつてそんな言葉を口にしながら嬉々として拷問を行った人間を見た事があった。

 この目の前の陰気な大男もまたそのような人物だというのだろうか?


「ですがね? この世には、貴方の想像も付かないような責めかたがあると考えた事はありませんか?」


 あぁ、やはりこの男は極めつけの加虐趣味だったか。

 ならば、早々に命を絶ってしまったほうがいい。

 抗えば、それだけ長く苦しむことになるのだから。


「あぁ、心配しなくてもすでに知りたい情報については他のお仲間が洗いざらい白状しています。

 貴方に尋ねるのは、そこに嘘が混じっていないかの確認のためですよ」


 暗殺者の背筋に冷たい汗が浮かび、ツッと腰まで流れていった。

 仲間たちがあっさり口を割るとは、どんな恐ろしい拷問を受けたというのだろうか?

 いや、自白を迫るための嘘か?


「心配しなくても、痛みなどありませんよ。 この私がそんな野蛮なことをするはずないじゃないですか」

 クーデルスは暗殺者の衣服を解いて裸の胸をむき出しにすると、一本の棒を拾い上げた。


「知ってますか? 人間の体は苦痛に耐えるようには出来ていても、快楽に耐えるようには出来ていないんです。

 さぁ、人間の限界を超えた刺激を教えて差し上げましょう。

 ……感じよセントリル稲妻のごときプラセル コモ快楽をウン ラィヨ


 悪魔の詠唱と共に、棒の先でピンクの火花がパチパチと弾ける。

 暗殺者は本能的に理解した。

 ――これは絶対に耐えられないヤツだ。


「や、やめ……」

「カッファーナさんからは、なぜかお尻を責めるよう強く推薦されましたが、野郎の尻は見たくないので胸からいきますよ。

 あと、素直にお話しするなら、もうちょっと早いタイミングにすべきでしたね」

 まるで明日の天気を語るかのような口調でそう告げると、クーデルスはその棒の先端を彼の胸の一番敏感な部分に押し当てた。



「すごい悲鳴でしたね。 で、どうでしたか?」

「あぁ、ドルチェスさん。 やはり同じですね。

 情報を流してきた人間の特定につながるような情報は何も持っていませんでした。

 彼らは三流ですが、その裏で動いた方々はそれなりに優秀なようです」

「それは……残念ですね」


 せっかく生け捕りにした暗殺者たちであったが、彼らはかなりの下っ端だったようである。

 めぼしい情報はまるで無く、フェイフェイたちが雇った暗殺者が全て片付いたかもわからない。

 状況としては、完全に後手に回っている感じだ。


「いずれにせよ、どこからかこちらの行動に関する情報が漏れているのは間違いないですね。

 それこそ、ここでこうして話をしている内容も、おそらくは筒抜けなのでしょう。

 少なくとも、先ほどの話し合いの段階で情報は漏れていたのですから」

「では、場所を移して……」


 だが、クーデルスは首を横にふる


「いえ、相手の諜報手段がわからない以上、無駄になる可能があります。

 なにせ、移動した先に敵の目と耳が潜んでいるかどうかの確認が不可能なのですから」


 そういわれて、ドルチェスは改めてこの状況の厄介さを思い知った。

 相手に情報が筒抜けなのも不味いが、敵の正体やその情報収集の方法すらわからないというのは、どう対策をとってよいのかもわからない。


「我々が成すべき事は、まずこの状況の打開策です。

 ならば、敵の目と耳が確実に潜んでいるこの場でその情報収集の手口を暴いてしまいましょう」

「ですが、何をどう探すべきか……」


 途方にくれるドルチェスだが、クーデルスは何でも無いようにこんな台詞を口にした。


「ベラトールさんとモラルさんを呼びましょう。

 探知の苦手な私と違って、あの二人はその手の術に長けていますからね」

「とはいえ、相手は神ですよ? そう簡単に来てくれるとは……」


 そもそも、神々を呼びつけるという発想自体が普通では無い。

 もっとも、それで言うならば目の前の黒ワカメな大男こそ、御伽噺の住人であるわけだが。


「私が解決できない事があると言えばいいのです。 あの二人なら、それで動きますよ。

 優越感を味わいたいのは、神も人も同じです」


 だが、その申し出にもドルチェスは難色を示す。


「でも、それ、クーデルスさんの面子が立たないのでは?」

「私の面子などどうでも良いのです。 私はくだらない感傷に囚われて優先順位を付け間違えるほど愚かではありませんので」


 そこまで言われると、ドルチェスも強くは反対できない。

 そしてドルチェスが自分の意見を受け入れたことを確認すると、クーデルスは白い蝶を放って二柱の神々にメッセージを送りつけるのであった。

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