第30話
異変は、まさに翌日から始まった。
本来ならば散歩を楽しむ老人や遊び場を求める子供たちでにぎわうはずのフードコートだが、なぜか今日は、そこに人相の悪い男たちが大量にたむろっている。
その物々しい雰囲気に気おされ、フードコートを利用しようとしていた客は不安げに眉をしかめ、そっと離れていった。
しかも、その男たちは茶ではなく酒を要求し、さらには商品の料金まで支払おうとはしない。
挙句の果てにはクーデルスのところの給仕の尻に手を伸ばすのだが、相手が全く反応しないのでこちらは興ざめしたようである。
これでは全く商売にならず、クーデルスのところにまた屋台の店主が一人やってきて、別の場所に店を移動させることを告げて去っていった。
「なんというか、雰囲気が悪いですね」
「そうですね、ドルチェスさん」
そんな閑散としたフードコートで、クーデルスとドルチェスが椅子に座って茶をたしなんでいる。
深刻な顔をするドルチェスとは対照的に、クーデルスはその唇に微笑みすら浮かべていた。
「それだけじゃないでしょ。
このフードコードと言うアイディアが他の人のものの考えたものだという噂話も流れていますよ。
どうにかしないと」
「そうですね、ドルチェスさん」
苦言を放つドルチェスだが、クーデルスはまるで取り合おうとしない。
右から左へと聞き流し、何を思ったのか足元に生えているオレンジ色のタンポポに指を伸ばし、その根元を調べ始めた。
「あと、勝手に市場を形成したということで、行政のほうからも妙な動きがあるとか……」
「そうですね、ドルチェスさん」
その我関せずといった態度に、ドルチェスは思わずテーブルを殴りつける。
「真面目に考えてください、クーデルスさん。
みなさん、困ってらっしゃるじゃないですか!」
その剣幕にようやくクーデルスは顔を上げると、小さく首をかしげた。
そして無邪気な子供のような声でこう告げたのである。
「かまわないんじゃないですか? すでにみなさん買収されているんですし。
もっと賑やかな市場の良い場所に店を出す権利をいただいているのでしょう?」
河川敷に屋台を構える連中は、そもそも市場から締め出された底辺の商売人たちだ。
もっと良い場所を使う権利をちらつかせたら、簡単に尻尾を振ったことだろう。
「……八方塞がりじゃないですか」
「そう見えますよね、ドルチェスさん」
がっくりと肩を落とすドルチェスだが、クーデルスはなにやら思わせぶりなことを口にする。
もはやこの男がいつたい何を考えるているか、それなりに想像力が豊かなドルチェスにもさっぱりわからない。
そしてフードコートからクーデルスの屋台以外が全て消え去った頃。
閑散としたフードコートに、取り巻きを引き連れたフェイフェイが訪た。
「おやおや、ずいぶん酷い状況ですね。クーデルスさん」
「おや、フェイフェイさん。 数日振りですね。
いやぁ、お恥ずかしいところをお見せしております」
頭をポリポリとかきながら挨拶をするクーデルスに、悲壮感は欠片も無い。
それが不満だったのだろうか、フェイフェイは一瞬だけ唇をゆがめると、クーデルスの態度をタダの強がりだとでも思ったのだろう。
商売用の愛想笑いを浮かべてこう切り出した。
「悪い事はいいません。 このフードコートの権利を私に売りませんか?」
だが、クーデルスは意外なことを聞いたとばかりに首をかしげる。
「おや、お買いあげになるので? 見ての通り、こんな客も来ない店舗を」
たしかにそれは正論だ。
どうせ買うならば、もっと流行っている店がいい。
閑古鳥が鳴いているような店を買い込んだとしても、ただ損をするだけである。
だが、フェイフェイは人の良い笑みを浮かべてこう告げた。
「ええ、商売をする者同士、助け合いも必要でしょう。
私にフードコードの場所とアイディアを売ったお金で、また違うお店を始めればよろしい」
そういいながら、フェイフェイは一枚の書面を差し出した。
内容は、フードコートのすべての権利をフェイフェイに売るという内容である。
「いやぁ、助かります。
では、仕入れたお茶も一緒にもらっていただけませんか?
恥ずかしながら在庫が山ほどございまして。
あと、施設のほうも残してゆくので適切に管理してください。
あ、この部分契約書に書き込みますね」
すると、フェイフェイは大げさに驚いて見せた。
まるで、こうなる展開を読んでいたかのように。
「おや、ありがたい話ですがそこまで切羽詰ってましたか。
私でよろしければ、ぜひ引き取らせていただきましょう。
ただ、先に品質は確かめさせていただきますよ?」
「もちろんです。
施設の設備のほうはご自由にご覧くださいね。
わからない事は今のうちに全て確認していただければと」
「……その必要を感じませんね。 ただの広場と屋台があるだけでしょう?
必要なものは改めてこちらで手配しますので、ご心配は無用です」
「わかりました。
あと、私が騙そうとしていない証として、倉庫から無作為に茶葉の箱を選んでください。 中をお見せしましょう」
そういいながら、クーデルスは目の前に出された二枚の書面に条件の追記を書き加え、どちらにも迷わずサインを書き記した。
隣のドルチェスが、それを見てギリッと奥歯を噛み締める。
「わかりました。 では、案内を」
「いえいえ、それには及びません。 みなさん、こちらに茶葉の箱を持ってきてください」
クーデルスが手を叩くと、緑の長い髪に黒いメッシュの入ったメイドたちが、箱を抱えてやってきた。
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