第29話

 フェイフェイが頭をかきむしっていた頃、クーデルスはカッファーナと一緒にお茶とレモンスコーンを楽しんでいた。

 

「いやぁ、カッファーナさんお見事でした。

 おかげさまで、予想以上に早く仕事が終わりましたよ」


 クーデルスが黒さを隠した爽やかな笑顔を見せると、カッファーナもまた妖怪変化の姿が嘘のような淑女の笑みを返す。


「うふふ、なかなかに楽しいお仕事でしたわ。

 思ったよりやりやすかったですし」


 彼らの言う『仕事』とは、屋台の店主たちの取り込みであった。

 クーデルスはドワーフたちの集めてきた情報をカッファーナに渡し、彼らをどうやって口説き落とすのか、その口説き文句を彼女に考えてもらったのである。


「やりやすかったですか……そうかもしれませんね。

 政治と言うのは存外に演劇と似ているのですよ。

 だから貴女の脚本の才能は、そのまま政治の才能にもなりえるのですよ」


 だが、カッファーナは首を横に振ってそれを否定した。


「それもこれも店主たちについての詳細な情報があったからのことですわ。

 私一人では、とてもとても……。

 参考までに、いったいどうやってあのような情報を?」


 あれだけの量の個人情報、この短期間にどうやって集めたのか?

 脚本のための取材にいつも四苦八苦しているカッファーナとしてはぜひ聞いておきたかった。


「すいませんが、それは秘密と言う奴です」

 だが、クーデルスは自分の唇に人差し指を当てて、色気のある低い声で拒む。


「それは残念ね。

 あと、気になっているんだけど、これであの業突く張りがおとなしくしているとは思わないわ。

 どうするつもりなの?」


 あの手の権力を持った輩と言うのは非常に始末が悪く、一度関わると勝つまで諦めようとはしない。

 やるなら一気に墓場まで投げ込む必要があるのだ。

 さもなくば、こちらに復讐する機会をずっと伺い続ける。

 たとえそれが、自業自得な内容であったとしてもだ。


「色々と対策は考えてあります。

 ちなみに、どう仕掛けてくると思います?」


 少し意地悪な口調でクーデルスがたずねると、カッファーナは目を見開いてから何度か瞬きをした。


「あらやだ、もしかして試されているのかしら?」

「ただの興味本位ですよ」


 別に間違ったからといって責めもしなければ失望もしない。

 ただのゲームのような代物だ。

 すると、カッファーナはしばし宙を見上げて思案したあと、笑みを浮かべて自らの推測を口にした。


「そうねぇ、本命は役人に手を回して、このフードコートってアイディアを自分にしか使えないようにするといったところね。

 あとは、土地の使用権の取り上げを商業ギルドに掛け合うといった事も考えられるわ。

 さらに、こっちに入っている業者の弱みを掴んでスパイに仕立て上げ、内部工作で切り崩す……といったところかしら?

 たぶん、あと二つか三つほど並行して策を動かして満足するといったところね」


 カッファーナがそこまで語りおえると、クーデルスは笑顔で拍手を贈る。


「すばらしい! いい線だと思いますよ、カッファーナさん。

 私の見立ては少し違いますが、そのぐらいの事はやってくると思って良いでしょう」


 だが、逆に言うとカッファーナが数秒で考え付く程度のやり方である。

 そんなものでクーデルスをどうにかできるはずもなかった。


「フェイフェイさんの弱点ですが、私の調べた限り彼のやり方は堅実で面白みが無いんですよ

 彼、発想力はそんなに優れていないんですよね。

 発想力のある人を食い物にする能力はあるようですが」

「うわぁ、すごく納得」


 国一番の商人を自称するだけあって、彼の商店は規模が大きい。

 そうなるまでには何人もの商人を泣かせ、食い物にしてきたことだろう。

 別にそれが悪いとは言わない。

 ただ、彼には自分がそうなる覚悟があるようには見えなかった。


「私が見る限り、彼は……私達をあくまでも格下としか認識していない。

 私達が彼の手を読んで全て対策を立てている可能性は、まったく想定していないでしょう。

 そもそも、反撃などできるとはおもっていませんね。

 だから、彼は奇襲や奇策の類には弱いのです。

 私はそういうの、ものすごく得意なんですけどね」


 ある意味、クーデルスにとってフェイフェイは相性が良すぎるのである。

 手を組むにも、敵対するにも。


「ねぇ、そんな後ろ暗いことの得意なクーデルスさんって何者なのかしら?」

「それも秘密です」


 カッファーナの追求を、クーデルスは再び微笑みですり抜ける。

 その取りつく島も無い態度に、カッファーナは僅かに唇を尖らせた。


「さぁ、そんな事よりも次の手を考えましょう。

 今カッファーナさんがおっしゃった事は全部やってくる可能性がありますから」


 そう、奇策の才能の無い奴だからこそ、打てる手は全て使ってくるに違いない。


「簡単におっしゃいますけど、具体的にはどうされますの?」


 クーデルスはまったく緊張感を持っていないが、相手は腐っても大商人である。

 カッファーナからすれば最初から戦うなど考える事もできない存在だった。


「なぁに、簡単な事ですよ」


 不安な表情を見せるカッファーナに、クーデルスは悪魔の笑みを浮かべながら予想もしなかった言葉を告げたのである。


「フードコートを潰すのです」

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